『2人の同窓会』

作:菓子鰹




朱く。

浅黒く。

紫色。

夕闇が空を侵し始める。



目の前のバイパスにも、ライトをつける車がぼつぼつ出始めた。

信号が青になったのを確認して、バイパスを渡る。

交差点の横断歩道を渡った先の左っ側に、こぢんまりとしたボックスがある。

店の前に行き、ドアを開けると、受付のカウンターに出る。



「こんにちは」

頭を下げる。

「いらっしゃいませ」

受付の人が挨拶をしてくれる。

「予約していた唐偏ですが」

言う。

「承っております。2号室を3時間ですね。2号室は2階になります。

先ほど、お連れ様が入っていかれました。どうか、ごゆっくりとお楽しみください」

受付の人は笑顔で答えてくれた。



2号室の部屋の前。

念のためノックする。ノックが返ってくる。

ドアを開けて中に入る。閉める。

「久しぶりだな」

言うと。

「1年ぶりなんだから、ちょっとは気の利いたセリフを言ってよ」

旧友は手を口の前に持ってきて、笑った。



頭に深々と、額までニット帽。

ガラの悪いことこの上なし、真っ黒なサングラス。

夜道で会ったらその筋の人、足首まで隠れるトレンチコート。

おしゃれなはずが相乗効果、首から口までマフラー。

これが旧友の今の姿だ。



「いろいろと問題が起きそうな格好だな。マスクがあれば、鬼に金棒だ」

暗闇の中だと効果は絶大だな。

「誰も声をかけてこないし、けっこう便利だよ」

旧友は立ち上がって、帽子とマフラーをソファに置く。



ふわりと長い髪が、背に落ちる。

俺の目の前にいる人物は、最近。

お茶の間を騒がしている。

アイドルという種族。

蜜芽錐穂。

これが旧友の今の姿だ。



穂は上着のボタンを外しながら。

「あ、そうだ。何か飲む?」

俺に訊く。

「遠慮する。穂はどうする」

答える。

「ん〜‥そうだなぁ‥お茶。ウーロン茶にでもしようかな」

穂は首を傾ける。

「頼んでくる。ウーロン茶を飲みたい」

言う。

「あ‥ありがとう‥‥」

穂は言う。



ドアを開けて、外に出る。

通路を通り、階段を降りて、カウンターに出る。

「ウーロン茶2つお願いします」

言う。

「かしこまりました」

受付の人は了解してくれる。

「あ、何でしたら、お部屋の電話で注文できるので、宜しければご自由に」

受付の人が気を利かしてくれる。

「こちらの方が運動になります。最近、運動不足なので」

切る。

一通りのことが終わって、振り返る。言い忘れたことがあったのを思い出して、振り直す。

「部屋に着いたらノックをお願いします」

言う。

「かしこまりました」

受付の人はわかってくれた。

部屋に向かう。



部屋の前に戻る。

周りに人がいないのを確認してから、ドアノブを回す。

穏やかに丸い目が迎える。旧友はサングラスを外していた。

「おかえり」

旧友の迎えに。

「ただいま」

返事をする。

中に入って、ドアを閉める。

「けっこう暑いなぁ」

穂は手を扇いで、顔に風を送る。

「暖房、効いてるからだね」

穂は上着の袖をつかむ。

「んっ」

穂は袖から腕を抜く。

白い薄い上下一体型。激しく肩と足を露出。

旧友はキャミソールという部類の服を着ていた。白い袖を別につけている。

「どう?」

旧友の問いに。

「寒くないか」

訊く。

「え?‥あ、これ? ライブ終わってから直行だったし、あ、やっぱ‥似合わない‥よね‥‥」

穂はしどろもどろになる。触れてはいけない話題だったようだ。

「忙しかったのか」

頭を下げる。

「え‥いや‥今日のこともこっちから勝手にお願いしたことで、わざわざ、その、予定を合わせてくれて‥‥ありがとう‥‥」

穂は言う。

「のぼせ過ぎか。顔が赤い」

手を穂の額に当てる。

旧友は。

「あ、え〜と、その‥そうだ、暑いからだよ、きっと、うん」

手をはねのける。

「あ、そうだ。せっかく来たんだから歌おう」

旧友はマイクを取った。





「白く照らされる日々に置いていかれそうで。

 ちょっと隠れたいだけ。わかっている。これ以上はない。

 だから連れてって。帰りたくない。

 誰も知らないけど。何よりあなたが疎ましいのさ」(東京事変 ブラックアウトより)

旧友は熱唱している。

「どう?」

旧友は問う。

「下手だな」

答える。

採点が始まる。

「‥‥52点‥‥」

穂はうらめす。

「もう1度歌えばいい」

曲が流れ始める。

「え‥ちょっと待って! こんなの‥‥入れてない‥‥」

戸惑う穂に。

「俺が入れた」

教える。

「な‥何で‥‥」

どもる穂に。

「穂の歌が聞きたかった」

答える。

「もう‥‥今日だけだからね‥‥」

穂は歌い始めた。





「逃げ出したくなる。自分が嫌になる。

 ときもあるけど。

 あなたの顔を想う。だけで、幸せになれる。

 あなたのためにがんばる。なんて言わない。あなたと。

並びたくて見てほしくて。手をつなぎたくてがんばる私。

 だって、どこまでもあなたが大好きだから」

穂は歌い終わる。

採点が始まる。

43点の文字が液晶画面に出る。

「笑ったら」

穂の誘いに。

「何故」

質問する。

「だって、もう、下手で、おんちで、しょぼくて‥こんな歌を平気で歌ってる自分が情けなくて‥‥」

穂は、座ってうつむく。

「1つ1つ、穂の言葉で綴ったいい歌だと思う」

言う。

「でも、歌詞もたどたどしいし‥‥みんなの方がぜったい、もっといい‥‥」

穂は帽子を被る。

「穂の歌は、穂が考えて、思って、感じたことがそのまま歌になっているような気がする。

 穂の苦労が、努力が、どこか染み出しているような気がする。

穂自身の歌だ。勝手な感想だな。

 だから、穂の歌は俺にとって、そんなに悪くない」

ほざく。

「‥それに、歌もしゃれにならないくらい音痴だし‥‥」

穂は、マフラーで頭を押さえる。

「最近はましになってきた。

 昔は、何って言ったらいいだろうな。し○かちゃんのバイオリン? 衝撃波が起きていたくらいだ。

 壁が壊れなくなっただけでも、大分ましになっ‥」

「そこまでひどくない!」

マイクを通して、部屋中に衝撃音が響く。マイクが飛んできて、頭に当たった。

「わと、ごめん、頭、だいじょうぶ、だいじょうぶじゃないよな、ごめん、氷もらってくる!」

穂は俺に近よってから、ドアに行く。

「穂がどれだけ苦労して努力したかが想像できる。

 きっと俺なんかが想像できないような、すごい努力だ。そんなに悪くない」

「頭は? だいじょうぶ? ほんとにだいじょうぶ? だいじょうぶ? だいじょうぶ?」

穂は落ち着かないみたいで、部屋の端を行ったり来たりだ。

「痛みはない。大したことはない。昔から石頭だ。カルシウムの取りすぎかもな」

ほざく。

「痛みがないのが危ないのに」

穂は手を口に持ってきて、笑った。



穂は歌う。曲が後を追う。

明らかに音が外れている。

「下手だな」

呟く。

「うるさいっ!」

穂は叫ぶ。マイクの大音量が響く。しばらく耳は、役に立ちそうにない。

「だが、しかし」

続ける。

「穂らしい歌い方だ。俺は好きだ」

穂は歌うのをやめて、ドアの方に行く。

「どうした」

後ろから肩を叩こうと近づくと。

目の前が回る。頬が熱い。首を戻す。振り切られた掌。

頬を掌で殴られたか。

「トイレだ! ついて来るな!」

機能を取り戻し始めた器官が、久方ぶりに仕事始めに入る中。

穂はドアから出ていった。



一体、何がどうした?

何故、穂は出ていった?

機嫌を悪くしたのか?

俺が悪くしたのか?

悪くしたのは俺?

俺が一体、何をした?

何か機嫌を悪くするようなことを、したのか?

うむ。思いだせん。

荷物を持っていっていないから、大したことではないか。

いや。上着を着ずに出ていったから、大したことか。

今日、やったことを反復し直そう。

うむ。心当たりがない。



ドアが開く。

立ち上がって、見る。

「ご注文されていたウーロン茶をお持ちいたしました」

店の人が立っていた。

「ノックはしましたか」

言う。

「あ、すみません。一応、ノックしたのですが何もお返事がなかったので、ドリンクだけ置いて帰ろうと思ったのですが‥あ、すみません‥‥言い訳‥‥最低です私‥‥」

店の人は帰ろうとする。

「ちゃんとノックをされたのなら、明らかにこちらが悪いです。すみませんでした」

頭を下げると。

「いえ。こちらこそ、思慮が足りませんでした‥考えたらわかることなのに‥‥すみませんでした」

店の人は頭を下げる。

「では‥えぇと‥ごゆっくりと‥‥」

店の人はドアの方に向かう。

ウーロン茶を口に入れる。

「おいしいです。ありがとうございました」

言うと。

「こちらこそ。ありがとうございました」

店の人は笑顔で、お礼を言ってくれた。





最悪だな。

店の人に当たって。

あまつさえ、いい気分になって。

何をしている。

穂が部屋から出ていったというのに。

ほろ酔い気分に浸って。

しかし全く、心当たりがない。

思いつかない。わからない。

なら、仕方ない。

さて、どうしたものか。



「さっきはごめん。朴は何も悪くないから!」

顔を上げると穂が立っていた。

「何も心当たりがないが、おそらく、穂の機嫌を悪くするようなことをしたのだろう。すまなかった」

謝る。

「あ‥えっと‥さっきはトイレ行こうと‥それで‥朴がついてきた‥から‥‥」

穂は下を向く。

「それが何か」

言う。

「え‥だって、トイレ‥だよ。朴だってついてこられたら嫌‥でしょ‥‥」

穂は拳を口に当ててから、赤くなる。考えれば当然のことだ。ああ。思慮が浅い。

「すまなかった」

謝る。



「い、いいよ‥殴ったのはこっちだし、ってか、謝らなきゃいけないのはこっちの方で‥‥」

穂に近よる。

「え‥なに‥‥顔‥近いよ‥朴‥‥」

「目が赤い。どうした」

訊く。

「へあ‥えぇと‥これは‥‥」

穂は黙る。

「花粉症か」

訊く。

「え‥あ、そうそう。花粉症、花粉症。朴の言葉がうれしかったからトイレでこっそり泣いてたとかじゃなくって、

 最近は花粉症がひどくて。目の使いすぎかな? あははは」

穂は言う。

「今の時期だと梅か」

呟く。

「え?」

穂は反応する。

「花粉を出しそうな花だ」

言う。

「そうだね‥でもそれって、そんなに大切なこと?」

穂は訊く。

「重大なことではないな」

答える。

「でしょ? だったら歌おうよ」

穂は言う。

「知っている歌がない」

答える。

「え‥」

穂は詰まる。

「歌を探す。それまで勝手に歌っていてくれ。穂」

頼む。穂は黙る。また何か、変なことを言ったか。

音が途絶える。

「‥錐穂って呼んでよ‥‥みんなもそう呼んでるから‥‥」

穂は少しの間を置いて、答える。

「今まで通りに穂では都合が悪いのか」

訊く。

「‥別に問題はないけどさ‥なんか‥‥変な感じがして‥‥」

錐穂は答える。

「そうか」

呟いた後。

「錐穂」

呼ぶ。

錐穂は何も話さない。

「風邪か。顔が赤い」

額と錐穂の額を合わせる。

「特に熱はないようだ」

「ふゅぐじょが〜!」

錐穂は叫ぶ。渾身の右ストレート。頭に熱い衝撃。足がふらつく。垂直に立つことができない。平衡感覚がおかしい。



世界が回る。

殴られたということは、何か機嫌を損ねたということか。

つまり、客観的に見て謝るべき状況。

なら、謝るべきだな。



「すまなかった」

頭を下げる。バランスを崩し、倒れる。

「わと、だいじょうぶ?‥えと、とりあえず‥手‥どうぞ‥‥」

錐穂は手を差し出す。

手を握る。手を引っぱり、立ち上がる。

「ありがとう」

礼を言う。手を離して椅子に座る。

「‥えと‥あと‥えと‥べつに、朴は悪くなくって、その‥‥」

錐穂は服の裾を抑える。

「気にするな。錐穂」

錐穂は黙る。

「どうした。錐穂」

訊く。

「‥やっぱり‥穂でいい‥‥」

錐‥ではなかった穂は答える。

「何故」

問う。

「何だか‥‥くすぐったいよ‥‥」

穂は顔を沿らす。

「そうか」

沈黙が続く。

「えと‥」

曲が流れ始める。

「‥じゃあ‥先‥歌うね!」

穂はマイクを取った。





穂は歌っている。

穂は叫んでいる。

穂は表している。

間奏。

「下手だな」

呟く。

「うるさいっ!」

穂は叫ぶ。

間奏が終わる。歌が始まる。

穂は歌う。



絞り出される声。

迸る感情。

汗が滴る。

とても楽しそうに。

気持ちよさそうに。

穂は歌う。





「どうだっ!」

穂は叫ぶ。

「ほとんど音を、外していた」

正直に答える。

採点が始まる。

37点。

「機械は正確だな」

言う。

「うるさいっ! だったら朴が歌ってみろ!」

穂はマイクを投げる。額の前で受け取る。

「うぅむ」

歌を決める。

曲が流れ始める。前奏。重低音。

前奏が終わる。

「人生、楽ありゃ苦もあるさ」

歌い始める。

「し、しぶい‥」

穂は呟いた。



「泣くのが嫌なら、さぁ、歩け」

歌い終わる。

採点が終わる。

87点。

穂がやってくる。

「どうした」

訊く。

「朴は上手いよ」

穂は呟く。

「それに比べて」

穂は呟く。

「何て下手なんだろうね」

穂は呟く。

「きっと向いていないよ」

穂は呟く。

「こんなに下手なのにさ」

穂は呟く。

「アイドルなんてやってていいのかな」

旧友の頬を涙が伝う。

「気持ちよさそうだった」

言う。

「歌っている穂は気持ちよさそうだった」

言う。

「気持ちよさそうな穂を見ていると、気持ちよくなった」

正直な感想を伝える。

「下手も度を過ぎれば、気持ちのいいものだ」

正直な感想を伝える。

「うるさいっ!」

穂は叫ぶ。また、耳が使いものにならなくなった。

「ありがとう」

穂の口が動いている。

「耳が聞こえない」

伝える。

「すき」

穂の口が開く。

「書いてくれないか」

言う。

穂はソファに行き、かばんの中を探る。穂は紙とペンを出す。A4サイズのようだ。何か印刷されている。

穂は紙を裏返し、テーブルの上に置く。

穂は、オレンジのペンで、『教えてあげない』と書いて笑った。





とても楽しそうに。

気持ちよさそうに。

うれしそうに。



とてもらしく。

穂は歌う。



「泣いてはどじょうをこまらせた」

穂は歌い終わる。

得点が出る。

0点。

「極めたな」

呟く。

「どうだ? 超えられるか?」

穂は胸を張る。

「らしかった」

素直に言う。

「そう? そう? やっぱり?」

穂は喜ぶ。

「何も考えない所など」

飛んでくるマイクを掴む。

手はマイクを通り抜ける。

残像。

気づくと、倒れていた。マイクが転がる。





「だいじょうぶ? だいじょうぶ? だいじょうぶ?」

穂はうろうろしている。

「問題ない。痛みはない」

言うと。

「だから、それが危ないんだって」

穂はけらけらと、声を出して笑った。



「はい。そろそろ、朴も歌いなよ」

穂はマイクを渡す。

「知っている歌が少ない」

答える。

「何でもいいから」

穂は言う。

「本当に何でもいいのか」

訊くと。

「うん」

穂は答える。

歌い始める。

「あれ? 曲は? いらないの?」

穂は訊く。

「入っていない」

回答して、歌を再開する。





「俺たちは法律だ。

乱れに乱れる学校風紀は、俺たちが正してやるよ。

入ってるだけで、成績は5さ。受験勉強なんていらないぜ。先公たちゃ、みんな、俺たちの奴隷。

生徒会室はテレビ見放題。授業中は、もっぱらゲーム。

予算は出し放題。最近、懐石も飽きてきた。明日からはフランス料理にするか。

ああ、この犬型ロボットうざったい。煮て焼いて喰ってまえ」

歌う。

「これが青春。ああ、すばらしきかな。生徒会」

歌い終わる。穂の真向かいのソファに座る。

「‥何の歌‥‥?」

穂は訊く。

「生徒会だ」

答える。

「どこ? 朴の行ってた高校?」

穂は訊く。

「中学校だ」

答える。

「それって、朴といっしょに行ってたあの中学?」

穂は訊く。

「中学校だ」

答えると。

「何で、生徒会の歌なんて知ってるの? 教頭先生なみに、みんな知らないのに」

穂は腹を抱えて笑う。

「教頭はいつも、校長の発毛剤の中身を脱毛剤にすり換えていた」

言うと。

「何で、そのこと、校長に教えてあげなかったの?」

穂は床を転げ回って笑った。



穂は床から立ち上がる。

「そういえば、生徒会長の緑は最近、どうなのかな?」

穂は呟く。

「毎日、子どもを幼稚園に送って行って、幸せだそうだ」

答える。

「え? え? え? えと‥ひいふうみいよお‥‥」

穂は指で数えている。

「あのさ、確認するけど‥緑って同じ年だよね‥‥?」

穂は訊く。

「20歳。俺たちより1つ上だ」

答える。

穂は黙る。それから少しして。

「お母さんになったんだ」

穂は天井に向かい、呟く。

「今度、緑に会ったら、おめでとうって伝えてくれない?」

穂は言う。

「わかった」

答える。

「緑が結婚か。知典、悔しがるだろうな」

穂は笑う。

「相手はその知典だ」

事実を伝える。

「あぅ、えぅ、ふゅぐ」

穂は言葉に詰まっている。

「飲むか」

ウーロン茶を渡す。穂は天井を見上げ、一気に飲みこんだ。



穂の喉の動きが小さくなる。

「落ちついたか」

訊く。

「知典って、あの知典? 口下手で言いたいことがまったく伝わらなくてオクテだったあの知典?」

穂は叫ぶ。

「晩熟かどうかは知らんが、穂が知っている知典だ」

答える。

「4年に1回しか話さないあの、知典?」

穂は訊く。

「同じ学級の知典だ」

答える。

「中3にもなって毎日、田んぼに石投げてて、農家の人に怒られてたあの、知典?」

穂は訊く。

「その知典だ」

答える。

「‥負けた‥‥まさか‥あの知典に負けるなんて‥‥」

穂は地面に手をつく。

「俺も成人式で初めて知った」

言う。



祝福の場。

赤。青。緑。紫。

色とりどりの晴れ着。

辺りを探す。

どこにも姿はない。



結局あの日。穂は成人式に来なかった。

「ううん。しかたないよ」

穂は横に首を振る。

「今度、見に行ってやれ」

言う。

「え‥でも、行ってもたぶん、わからないよ。それに、もうずいぶん‥‥変わっちゃったから‥‥」

穂は言ってから、笑う。

「些細なことだ。穂が旧友だという事実には何の関わりもない」

言う。

「そんなものなのかな」

穂は呟く。

「そのようなものだ。何せ、俺にでもわかったのだから」

答えると。

「それは、朴が特別なんだよ」

穂は笑った。





穂は目の前のソファに座る。

「ねぇ。他に誰かといっしょになった人っている?」

穂は声高く訊く。

「誰から言うべきだろうな」

言う。

「‥そんなにいるんだ‥‥」

穂は言う。

「何せ、結婚してない方を探すのが難しいくらいだ」

答える。

「‥へぇ‥そうなんだ‥‥」

穂は言う。

「去年、山の高校が閉鎖になって、他の高校の夜間部に組みこまれ、一部の人間は再受験を選んだがな。

ばかばかしくなったと言って、高校をやめて結婚した人間が多い」

語る。

「そんなのぜんぜん‥知らなかった‥‥」

穂は呟く。

「別に知る必要のないことだ。穂のせいじゃない」

言う。

「それにしても、女はいいものだ。いざとなれば、専業主婦という必殺技がある」

言うと。

「それって女性差別だよ」

穂は俺を指差して、笑った。





「もし、朴が朴よりももっと収入の多い人と結婚したら、朴の方が専業主夫になるかもしれないよ」

穂は言う。

「そうだな。もし、仕事を見つけられなかったら、光に満ち溢れた無職街道が待っている。

今の進行状況を考えると、あながち絵空事でもないな」

言う。

「やーい。朴のにぃと、にぃと。この大変な時期にこんなとこで何やってるんですか。朴のにぃと決定!」

穂は声高に謳う。

「1年くらいは仕方のないことだ。望みが遠すぎる」

随分と情けのないことを宣う。ウーロン茶を飲む。

穂は目の前の紙に何か書いて、渡す。漢字とひらがなと数字の羅列。どこかの住所のようだ。

「あのさ‥‥1年くらいならだいじょうぶ‥だから‥‥」

旧友は横を向く。情けないものだ。何を言わせている。

「拒否する。」

切る。

「え‥あ‥そうだよね‥まだ、決まったわけじゃないし‥‥そうだよね‥‥」

穂は黙る。

「気が向いたら遊びに行く」

言う。

「え‥ほんとに?」

穂は訊く。

「住所が間違えていなければな」

言う。

「貸してっ!」

穂は紙を引き手繰る。穂は紙を見る。

「う〜ん」

穂の目が左右に動く。

「よし。間違いなし!」

穂は呟く。穂は紙を折る。

「はい。お待ちしています」

手紙のように折られた紙。

穂は紙を手渡す。



封を開く。真ん中に住所が書かれている。テーブルにあるペンを取る。住所の下に書く。

「何? これ」

穂は訊く。

「メールアドレスだ」

答える。

「‥誰の‥‥?」

穂は訊く。

「俺のメールアドレスだ」

答える。

「朴の?」

穂は訊く。

「俺のメールアドレスだ」

答えると。

「あははは‥朴でも携帯なんだ。まだ支給された黒電話、使ってそうなのに! そんな時代なんだ! あはあはあは!」

穂は目元を拭っている。

「赤外線通信はついているか」

訊く。

「赤外線通信だって! けっこう最新式! 赤外線っていったら、朴にとったらこたつでしょ!」

穂は足を動かし、けらけらと笑った。



「携帯は、切ってるんだ。プライベートは‥‥じゃまされたくないから‥‥」

穂は言う。

「あ、そうだ。はさみ、持ってない?」

穂は拳を手で打つ。

「カッターならある」

答える。

「それでいいよ」

穂は言う。ポケットからカッターを出す。穂に渡す。

「けどさ、何でこんなのもってたの?」

穂は訊く。

「備えすぎるということはない」

答える。

「それじゃ答えになってないって。危ない人」

穂は手を口に当て、笑った。



穂は紙を開いて、2つに折る。

紙は、折り目でしわだらけになっている。







決して元には戻らない。







穂は紙を手で挟み、カッターを中に沿わす。



紙が切れる。

紙が分かれる。



一緒だった部分が減っていく。

そして、紙は完全に分かれた。



2枚の紙。

1枚は住所。1枚はアドレス。



穂は1枚を取って、テーブルに置く。

「はい。どうぞ」

穂はもう1枚の紙を差し出す。

手で紙を挟む。引っぱる。

紙はやってこない。

「やっぱり」

穂は言う。

「やっぱり、後にしようよ。お楽しみは最後の方がいいでしょ」

穂は言う。同意。紙を離す。穂は紙を重ねて、テーブルの上に置く。

「最後に歌おうよ。残り5分だし」

穂は言う。

「確かにその通りだ。だが、知っていないと歌えない」

言うと。

「だいじょうぶ。朴もぜったい、知ってるから」

穂は笑う。

曲が流れる。

「穂。もしかしてこの歌は」

「ね。知ってるでしょ」

穂の問いに、首を縦に振った。





音楽は5科目と違い、目処は存在しなかった。

音楽の授業は、ほぼ教師の自由時間だった。

授業の前に、学級で歌いたい歌を多数決で決める。

休み時間5分前。学級で決まった曲を歌う。

俺たちの学級では、毎回選挙をして、いつも同じ歌になっていた。

心躍る曲。

楽しい歌。



「秋風の忘れ物‥知ってるでしょ。ちゃんと歌ってよ、朴」

穂に注意される。

「忘れていた。悪かった‥山彦どんどこ届いた」

懐かしいときを。

楽しいときを。

最後に歌った。





穂は装備品を全て装着する。

「怪しいな」

今の穂に怪しい以外の言葉は似合わない。

「何だよ。それ。ひどいなぁ」

穂は笑う。

「忘れ物はないか」

訊く。

「うん。確認したからだいじょうぶ」

穂は答える。

部屋を出る。

階段を下がる。

カウンターの前。

「ありがとうございました」

店の人に礼を言う。

「ありがとうございました。またのお越しを」

店の人は礼を言ってくれる。何かうれしい言葉だ。

ドアを開けて、店を出る。寒さが服に吹きこむ。



信号を渡る。

「ね? ばれないもんでしょ」

穂は訊く。

「今の穂には、できるかぎり関わりたくない」

答える。

「ちょっとそれ、言いすぎだって」

寒さが加速する冬の夜の下で。

穂は笑った。



暗闇に目が慣れない。

何も見えない。

いや単に。

何もないだけか。



「帰りは駅か」

訊く。

「ぶっぶー。飛行機です」

穂は指でばってんを作る。

「やっぱり」

穂は呟く。

「やっぱり、電車にしようかな」

穂は言う。

「電車ではなく汽車だ」

間違いを正す。

「ぶぅ。大した違いじゃないのに」

穂は文句を言う。

「汽車はディーゼルエンジンで走る。電車は電気で走る。大きな違いだ」

原義を伝える。

「変なとこで強情なんだから。朴の田舎もん」

穂は手を口の前に持っていって。

穂は笑った。







「駅だったら、朴も帰り道だよね。その、だから‥‥いっしょに帰らない‥‥?」

穂は言う。

「明日はおそらく、この辺りで不審者情報が出ている。警察の世話にはなりたくない」

言う。

「来ないから」

穂は笑う。

「今の自分の格好を正視した上で、同じ台詞を吐いてほしいものだ」

言う。



暗闇。

駅までの5分。

何も見えない道を通る。

天気。

林。

成長株。

制覇。

他愛ないおしゃべりが通る。

見つめて。

撫でて。

時間を慈しむ。



ああ。

楽しい時間というものは一瞬で去り行く。

来てほしくない時間はすぐに来る。





光が届く。

高架が見える。

駅から洩れる光が周囲を照らす。

駅に入る。

眠っている店の群を抜ける。

穂は券売機で切符を買う。



「すぐ出る便があって、よかった」

言う。

「うん」

穂は答える。



違う世界につながる道。

穂に背を向ける。分かれる道。



「ここから先は行けない。さようなら」

言い放つ。足早に。

「ねぇ‥‥ちょっと待ってよ‥‥」

袖が引っぱられる。足を止める。

「どうした」

訊く。振り返りはしない。

「‥‥紙‥‥」

穂はかばんに手を入れる。穂の方を向く。



穂はかばんに手を入れて、静止する。

「なくしたのか」

訊く。

「あるんだけど」

穂は言う。

「渡しちゃったら、もう2度と朴に会えないかもしれない‥から‥‥」

穂は言う。

「‥‥帰りたくない‥‥」

穂は下を向く。

「思いついたときにいつでも、来ればいい。いつでも来る。何せ、ひまだ」

ほざく。



ああ、そうか。



また、会えるのか。



「にぃと候補のくせに」

穂は紙を取り出してから。

穂は笑った。



駅を出る。

光が走る。

特急が出る。





夜の寒さが肌を刺す。

空気が澄み切っている。

息を吸いこむ。

「ふぅ」

吐いた息が白く染まる。

空を見上げる。

星が瞬いていた。










まぁ、とりあえず菓子。



さぁ、いよいよ、球春到来ですよ。

ん〜。今年も桧山のポジションが危なそう(笑 でも基本的に、阪神が話題になるのはこの時期だけ(笑

終盤まで熾烈な順位争いに残れますように(笑

初陣(オープン戦)は見事な勝利でした。関本、やりすぎ(笑 ああ、チケット欲しかった。

願わくば、この勢いで終盤まで。そいで、ロッテと対戦して、今年こそは(笑

ん〜。でも、やっぱ、桧山のポジションが1番気になる(笑

オリックスは凄かったですねぇ。満員御礼。

目当ては多分、清原でしょうねぇ。テレビに映る人を見る限り、すごい数でした。

で、結果は。連勝、撃破ですよ。2戦目は豪華11得点。う〜ん、後が怖い(笑

投手陣がちょっと、薄いですかね。オリックス。バーンとパウエルの離脱が効いちゅうな。

ウィリアムス(J)離脱ですか(泣 阪神。藤川(F)と久保田(K)はWBC。がんばってくれ、桟原、吉野、ダーウィン。

豪快な野球でそこはカバーだ。今年こそは撃ってくれ。

残念なのは林。今年はポジションなさそう。WBCで更なる飛躍を。

井川は今年も炎上するのか(笑 昔みたいなチェンジアップが見たい。

まぁ、ちょっと変な文章ですが、これをお祝いの言葉とさせて頂きます。

スペンサーは今年、去年以上の成績を残せるのか?(笑

まぁ、ちょっとくらいの強引さは仕方ないってことで。

塁を盗れ、赤星。はい、訳がわからん方は各行の最初の音を縦に繋げてみましょう。んじゃ、そゆことで。