入れ替わり 日々の風景 第一話 今回お届けするのは、インタビューでもなければ証言記録でもない。 この世界での人々の暮らしの、そのごく一部を記録した一種のドキュメンタリーである。 と言えば聞こえはいいが、実際には何を隠そう自分の住居の近所の日々の風景である。 これまでの堅苦しいレポートばかりでは、読者の皆さんは少し読み進めるのに骨なのではないか、感情移入しづらいのではないか?と考えこのような趣向で執筆した次第である。 それでは、本文をご覧頂きたい。 朝の日差しを浴び、前日のデータチェックで徹夜した疲れを残しつつも私は目を覚ました。 朝、目を覚ました我々の一番最初の日課は、シャワーを浴びる事である。 というか、自身の体を確認するついでに顔を洗いシャワーを浴びる。 というのも、つい半年ほど前に、精神交換ではなく「身体の全遺伝情報の交換」いわゆる「相互変身」による入れ替わり現象がとうとう発生してしまったためである。 これまでは、ホテルや民宿に宿泊した場合でもない限り、就寝時と同じベッドで起床していれば一安心だったのだが、そうは行かなくなった。 生物・物理学者やマスコミの発表をまとめ、検証してみた所によると、この新しいタイプの「交換」はその他の特殊ケース「パターンI」とは比較にならないほど発生数が多い。 その為、体中の遺伝情報の「交換」を、単なる亜種のひとつではなく新しいタイプの現象として確立する事が検討されているようだ。 それはさておき、今朝も私の身体には異常はなかった。 ついでに、各部屋の監視カメラの状態をチェックすることにした。 かつて本来の目的である防犯用としては、あまり一般に広まっているとは言えなかった防犯カメラだが、入れ替わり現象が発生するようになってからは急に普及し始めた。 爆発的な売上を叩き出している理由は、やはりというべきか入れ替わり現象である。 「入れ替わりの記録」こそが購入者達の目的なのだ。 とはいえ、その動機は知的好奇心や研究心から来るものではない。 入れ替わり現象の被害を受けた人に対する国家・地方自治体からの支援を受けるためには、入れ替わりに際し発生する「特殊現象」が自らの肉体に起こった事を証明する必要があるのである。カメラの普及はその記録用である。 ちなみに、大富豪や美人等、社会で高いステータスを持つ人々と入れかわった人物が本人になりすますのを阻止する為に、監視データは民間会社の管理するサーバーで一元管理され、司法機関にしかアクセスできないようになっている。 何せ膨大な人物のプライベート情報が記録されているので、国や公共団体・特殊法人の類に管理される事を嫌う声が少なくなかったのである。 本人によるアクセスができないようになっているのは、生体データがそっくり入れ替わる上に記憶共有タイプの入れ替わりの場合、パスワード等まで他人の手に渡ってしまう為だ。 カメラの軽い点検を終え(本格的に点検していてはいつまでかかるやらわからない。何せそれこそ家中にあるのだ。)食事を食べながらテレビを付けると、やはりというべきか集団入れ替わり事件発生の報が映し出される。この現象の発生に関して、その原理や原因どころか厳密な周期や法則性といったものは確認されていないものの、ここ最近の入れ替わり発生頻度が継続されているならば、そろそろ発生してもおかしくはなかった。 どうやら昨晩の映像らしい。 初老の男性がいわゆるコギャル口調で何事かまくしたてている。身振り手振りも半ば暴れている様子でありどうやら動揺している。 匙を投げたアナウンサーが次にマイクを向けた、幼稚園児と思しき年齢の少女が、舌足らずながら「動揺」や「異性」といった肉体年齢にそぐわない言葉を発している。 「当然といえば当然なんですけど、この子、親子連れで映画館に来ていたらしくて、自分自身の体ももちろんそうなんですけど、早くこの子やこの子の家族の心も肉体も見つかって欲しいですね・・・」 受け答えは至って常識的なのだが、よく見ると少女のスカートはぐっしょりと濡れている。 異性の生理現象をうまく我慢できなかったか。衣服も多少乱れ、スカートがズレてかすかにパンツが見えている。初めての異性の体に相当苦労した様子がうかがえる。もし自分が巻き込まれたら、やはりああなるのであろうか? 次に映し出されたのは、小学校高学年と思しき少年の姿だ。 チケット・カウンターで客の応対をしていたら突然光に包まれ、気がつくとTシャツに短パンという格好で映画化された人気アニメを最前列で鑑賞していたとの事だ。頭に被っている帽子はCMで見覚えがある。おそらく劇中のメインキャラクターが被っているものだ。 頭の片隅に残った先程の不吉な想像を頭から振り払いつつふとその少年の後ろを見ると、何とOLらしき服装の女性がだらしない表情で自分の胸をむにゅんむにゅんと揉んでいる。 胸元がはだけ、ブラジャーが丸見えになっている。 入れ替わり現象が起こる以前ならば当然映像編集の際にカットされる筈のシーンだが、顔にモザイクがかかっているだけである。これも時代の変化であろうか。 それだけなら良いものの、何とスカートを脱ぎはじめた。 「い、以上、現場からお伝えしました」 アナウンサーは早々と収録を打ち切った。何とか放送事故は免れたようだ。 どうやらスタッフともども、この手の取材にはあまり慣れていなかったようだ。 食事を終えて歯を磨くと、ふらりと家を出て近所を散歩する。 健康を守る為の、自分のささやかな日課の一つである。 入れ替わり現象が起こり始めてからも、我々は自らの身体をいたわる事を忘れはしない。 入れ替わらずに人生を終える場合に備えてのことなのか、人間としての本能のなせるワザか、それとも互助的な感情から来るものか。 或いは、この混沌とした世界において、自らの体を労りチェックする過程を通して、「自分」という、そのちっぽけな存在を「再確認」しているとも言えそうである。 そんな事を考えながら20分ほど歩いていると、近くに幾つかある公園の一つに着いた。 ベンチに座って朝の日差しを浴びながら、各新聞社の朝刊を読み比べる。 リラックスしながら頭脳を動かすこの時間は、自分のお気に入りの時間の一つだ。 ふと声がする方を向くと、二人の小学生がいた。どうやら登校班のメンバーのようだ。 標準的な黄色の通学帽を被っている10歳頃の少女が1人、鮮やかなピンク色の通学帽を被った低学年と思しき少女が1人。 「大人っていいなぁ。お金いっぱい持ってるし、頭も賢いし、身体も強いしおっきいし。大人になったら、お酒飲んだり車に乗ったりできるんでしょ?」 黄色い帽子を被っている二人が、残りの二人に対して質問している。」 「うん。どちらも二十歳になるまではダメだね。後、車に乗るにはテストに合格しないとダメだよ。僕はテストには受かったけど、お酒もドライブも苦手だったなぁ。」 ピンク色の通学帽を被った少女が、年不相応な落着いた立ち振舞いで答える。 黄色い帽子の少女の方は興味しんしんといった様子である。 その時、不意に背後から女性の大きな声が聞こえた。 「ママ〜!お姉ちゃん!待ってよ〜!」 「待ちません!」 見ると青い帽子を被った女性と少年が、こちらに駆け足で向かってくる。 少年が走ってきて、女性が追いかけてくる 少年の方は、まるでファッション雑誌に出てくるコーディネイトを、子供向けにそのまま持ってきたような、スラックスに小ざっぱりとしたシャツである。 髪型も整えられ、まるで良家の子息といった印象すら抱かせる。 女性はウエーブがかかったダークブラウンの長髪で、年齢は30歳前後であろうか。 その美しい髪を振り乱し履いているシルクのスカートも大胆に乱して、その艶やかで美しい脚を周囲に晒し子供たちの元へと走ってくる。 大人の女性には不釣合いな通学帽を被り、上半身に活動的でボーイッシュなシャツを着てランドセルを背負ったその姿は、一見とても不釣合いなものに感じられる。 「もう、ママもお姉ちゃんも、ボクが待って待って、って言ってるのに出てっちゃうんだもん。ひどいよ〜。」 「シュウ」と呼ばれた大人の女性は、頬を膨らませて子供たちを非難した。 「遅れちゃったのはシュウちゃんがちゃんと身だしなみを整えてなかったからよ。あれ以上待ってたらこっちが遅刻しちゃうもの。」 「だ〜って〜、このぴらぴらスカート履くの、嫌だったんだもん・・・ジーパンとかスラックスとかがいいよぉ・・・お化粧も、やり方はママの記憶つかったら出来るけど、めんどくさいし。」 二人の少女の内の片方はややひるみつつ、青い帽子の少年は全くひるむ様子も無く、大人の女性に対して叱りつけている。 「わがまま言わないの!ほら、ユウジさんはマイちゃんの身体になっちゃっても、ちゃんとスカートもドレスもパンツも履いて、トイレもちゃんとやってるじゃないの。」 「そんなこと言ったって、おっぱいがぽよぽよしておっきいのも、ちんちんが付いてないのも変な感じなんだもん・・・それに、スカートだと鬼ごっこもサッカーもドッジボールも、どれもし辛いんだもん。」 どうやら、遅れて来た女性の体には、叱りつけている少年の本来の人格が、叱っている少年の中には叱りつけられている女性の本来の人格が入っているようである。 「全くもう、ママの身体使って、ママの思い出使ってママと入れ替わる前にやってた事は全部できるはずなのに、なんで迷惑かけちゃうのよ。」 母の一撃で弟がひるんだ隙を狙い、姉が追撃をかける。 「だってだって、掃除とか洗濯とかは出来るけど、料理とか買い物だと何か記憶の方に振り回されるっていうか、指示に追いつけないっていうか・・・」 「どんな感じなのよ」 「説明し辛いよお・・・頭の中に映像が出てきたり、体が勝手に動いてくれたりする所もあるんだけど、それだけだと出来ないとこがあって、素早く出来ないっていうか・・・」 二人が話を始める一方で、やって来た少年ともう一人の少女は世間話を始めた。 「あら、こんにちは。日頃は娘がお世話になっております」 「こちらこそ、いきなり子供に逆戻りしてしまって、奥さんにも娘さんにもお世話になってばかりで・・・」 「あの子、舞花ちゃんの中身がいきなり大人の人になっちゃったって、当初はショックを受けていたみたいなんですけど、大分落ち着いたみたいですわ。」 「本当に仲がいいみたいですね。直接会った時もずっとお嬢さんの事を気にかけてましたし、写真からも記憶からも、それがにじみ出て来ます。」 子供たち(といっても片方は大人の肉体なのだが)はその隙にひそひそ話を始めた。 「っていうかさぁ・・・ホントのところ大人ってどんな感じ?元大人は『子供にはまだ早い』って教えてくれないの。」 少女は実の母の記憶と肉体を持つ少年に対して、興味津々な様子でひそひそと囁いた。 「友達のおばさん達と仲が良かったり喧嘩してたり、おしゃれに気を使ってたり、ニュースの中身が理解できるようになったり・・・」 「そ、それって大人の付き合いとかいうやつ〜?知りたい知りたい!もっと教えて!」 「意地悪な人が多くて、結構大変なんだ。優しそうな人だって、ホントは不機嫌だったり。」 「何それ?全然いいたいことがわかんない。じゃあさ、ママの身体はどんな感じ?」 「ママの身体って、変な感じだよ。背が高いのはいいけど、走ってるとおっぱいがぷるぷるするし、朝に頭が痛くなったり、一ヶ月に何日かお腹が痛くなって血が出てきたりするんだ。『生理』って言うんだって。」 「後はどんな感じなの?」 ふと見ると、先程まで世間話をしていた「少年」が、母と姉の背後に抜き足差し足忍び足で忍び寄っている。どうやら表情を見るに、少しご立腹のご様子である。 ここだけの話、私は新聞を読んでいるふりをしながら笑いを噛み殺すのに必死であった。 「ママのいろんな・・・その・・・恥ずかしい記憶とか思い出したりとか、おっぱい触ったりトイレでおしっこを拭いてるとさ、何か急におしっこ漏らしそうな感じになったり、体が熱くてカゼひいたみたいになったりするんだ。」 「ママの何の記憶を思い出したのかしら?」 「「うわあああぁっ!!」」 「息子」の「母」と姉に対するお説教がはじまった。 大人の秘密を覗き見たいという知的好奇心を叱り、秘密を軽々しく公言するなと叱る。 ご苦労さま、の一言に尽きる。新聞を読みながらそんな事を考えていると、不意に尿意を催してきたので公園のトイレに向かう。綺麗なのだが、日頃から人気はあまり無い所だ。 |
(筆:どせいさん) |