姉妹・異聞
原案:リイエ、toshi9
作:月より




「お姉ちゃん、これ飲んで」
「え? なあにそれ」
「ゼリージュースっていうの、あたしが買ってきたの。
 お姉ちゃん、あたしを置いていかないで、あたしを一人にしないで。お願い……ぐすっ」
「愛子ちゃん……」
「お願い、お姉ちゃん……飲んで」
「ふっ、なんだかよくわからないけど、どうせあたしいつまで生きていられるかわからないし、うん、わかったわ、それちょうだい」



しかし、今まで点滴で命をつないでいたため、口に含むも上手く飲み込めない。



「ごめんね……。飲み込めない」

姉は、愛子が私のために買ってきたジュースが飲めない自分の身体に、情けなく、目から自然と涙がこぼれていた……。



その時、病室に「招かざる客」がノックもせずに部屋に入ってきた。



「○○さん、お元気ですか!お取り込み中悪いが、今月の返済の期日、とっくに過ぎてるんですよ!いつ用意してくれるんですかね!」

「・・・・」

「お姉ちゃんは病気なんです。酷い事言わないで」

「どっちが酷いかわかっとるのか?おカネを貸したのに返さんわ、働きもせんと寝てるわ、いい加減にせえよ!・・・何やそのジュースは?そんなジュース買う金あるんやったら、
さっさとカネ返さんかい!!」

「お姉ちゃんは病気なんです。大声出さないで下さい……」

「何やと?」

そういうと男はペットボトルを取り上げた。

「いや、いやぁー!」

愛子は、無我夢中で男からペットボトルを奪うと、両手で抱きかかえるようにして押さえ、
身体は震えていた。



二人のやり取りの中、姉は意識を失い、呼吸がおかしくなった。



「ひゃう、はぁ、はぁ……」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」

「ま、まあええわい。今日のところはおとなしく帰ってやる。うちも1部上場企業やからの。
犬並みにやさしいからな!!」



バタン!



「どうして、お姉ちゃんがこんな目に。お姉ちゃんは悪いことしてないのに」



愛子が小学生高学年の頃、両親が借金を残したまま失踪、姉は高校を中退し、朝から晩まで働き、愛子の養育費、借金、生活費をまかなってきたが、愛子が中学校を卒業すると、気が楽になったのか、とうとう身体を壊し入院してしまったのであった。



愛子は、ナースコールのスイッチを押した。

看護婦長がゆっくりと入ってきた。



「どうかされましたか?」

「お姉ちゃんが苦しそうなんです」

「また発作が出たようですね。鎮静剤打っておきます。あと、ご相談があるのですが、ちょっと、外に……、よろしいですか?」

「はい」



「○○さん、わかっておられるとは思うのですが、お姉さんはもう長くはありません。お姉さんが苦しくなって、今のように鎮静剤を打って延命措置はできますが、入院長くなればなるほど、費用がかかります……」

「……はい」

「それと、先ほどの男の方、○○さんとどういう関係なのかは詮索しませんが、あれだけ大声出されると、他の皆さんに迷惑がかかります。もう一度、そういうことが起これば、自宅療養という形をとらざる負えません」

「……はい」

「あと、お姉さんがもし退院されるとき、未払いになっている入院費用等は、一括払いにするのか分割にするのか、こちらの書類に記載して受付まで持ってきてください」

「…………はい」



数日後、お姉ちゃんの容態はさらに悪化した。

「お姉ちゃん……」

「愛子ちゃん……、お姉ちゃん、もう駄目……みたい」

「お姉ちゃん、疲れたでしょ……。……ずっとあたしがついていてあげる」

「ありが……とう……あい……」

握っていたお姉ちゃんの手に力が無くなった。

「お姉ちゃん……」


愛子は、ペットボトルを手に持ち、すがすがしい顔をしていた。



ごくっ、ごくっ

 緑のゼリージュースを飲み終えた愛子の体は徐々に透き通り始めていた。
「……ねえ、お姉ちゃん、あたしを抱いて。ぎゅっと。あたしの最後のお願い」 
 両目にいっぱいの涙を溜めながら、半ば透明化した愛子は姉にもたれかかった。 
 そんな愛子を姉はそっと抱きしめたかのようだった。
「……ああ、お姉ちゃん、あたしがお姉ちゃんの中に……お姉ちゃんの中に溶けていくよう。お姉ちゃんの中、あたたかくて……とっても気持ち……いい」
( お姉ちゃん、あたしたち一つだね……)

( 愛子ちゃん。あたしにもわかる。あたしと愛子は一つ、これからずっと)
(( そう、あたしたちずっとずっと一緒だよ ))


 一人病室に横たわる彼女の笑顔を、雲間から顔を覗かせた月が優しく照らしていた。