新説シンデレラ
作:Necro


ある夜、シンデレラは父から話を聞いた。
「今度、新しいお母さんと結婚することになったんだ」
シンデレラは飛び上がり、父の頬に顔をすりつけて喜びます。
「嬉しい!私に新しいお母さんが出来るのね!」
シンデレラは父だけの手によって育てられ、父だけの愛で育ってきました。
なのでシンデレラは母の愛に飢えていました。
「私が探した母だ。シンデレラは私がどんな人が好きか知っているだろう?」
父は穏やかに微笑みます。
「さらに、新しい母はお姉さん二人を連れてくるんだ。楽しくなると思うよ」
シンデレラはその言葉を聞いて、いてもたってもいられなくなり、
部屋を駆け回り、喜びを全身で表しました。
新しい母だけでなく、お姉さんまで出来る。
姉妹。
それはシンデレラにとって、思いがけない喜びでした。

ある日、シンデレラの家に新しい母が来ます。
新しい母は思ったより年老いていて、優しくありません。
そして二人の姉も、優しくありませんでした。

父の前で、新しい母や姉は精一杯笑顔を振りまきましたが、
父が亡くなると考えられるありとあらゆる悪罵をシンデレラに浴びせかけます。

それでもシンデレラは素直に意地悪に付き合い、言うこと全て素直にこなしていきます。
それがかえって新しい母や姉を苛立たせました。
「可愛いフリしたってダメなんだよ。お前はクズなんだからね!」
ますます新しい母と姉の意地悪は過激になっていきました。
朝から晩までシンデレラを働かせ、彼女は泥だらけ、埃だらけ、灰だらけになります。
それを見て母は言うのです。
「ははは、ドブネズミのようだよ」
二人の姉も意地悪に付き合います。
「近寄んないで、ドブネズミ」
「あら、ゴミかと思ったわ。汚いままでいるなら燃やして捨てるわよ」

そしてある時、王様のお城で舞踏会が開かれることになります。
二人の姉も招待され、彼女達は大喜びでした。
しかし、肝心な着ていく服がなかなか決まりません。
二人の姉の服を洋服箪笥から出しては入れ、出しては入れ、二人に服を着せて、燃え盛る火のように激しく動き回りました。
なかなか二人の姉が部屋から出てこないので、母が心配して部屋に入って来ます。
「何時まで時間をかけているんだい。舞踏会に遅れてしまうよ。早く決めるんだ」

姉の一人は言います。
「じゃあ私はこのフランス製の淵飾りがついた赤いビロードの服にするわ」
もう一人の姉は言います。
「私は花の付いた金色のケープ、そしてダイヤモンドの胸飾りのついたこの服にするわ」

服を着終えて姉の一人は言います。
「シンデレラはいいわね。ボロ服一着しないから、悩む必要が無いんですもの」
もう一人の姉が言います。
「あら、でもボロ服じゃ舞踏会には出られませんわ」
二人の姉は笑いながら部屋を出て行きました。

シンデレラは潤んだ瞳で自分の手を見ます。
汚れが重なり、もう何の汚れすら分からないほど真っ黒になっています。
服はボロボロ、あちこちが黒く汚れています。
涙が姉の服に落ちそうになり、慌ててシンデレラは目をぬぐいます。

二人の姉を見送ると、とても切ない気持ちになって台所にかけこみ、しゃがみこんでしまいました。
そこへ、ぽんぽんと肩を叩く者が現れます。
「それ以上、もう泣かなくても良いんだよ」
優しい声にシンデレラは振り向くと、杖を持ったおばあさんがいました。
「私は知っているよ。お前が母と姉からどんな酷いことをされてきたのか。
舞踏会に行きたいんだろう?よしよし、私が舞踏会に連れて行ってあげよう」
シンデレラは言います。
「でも、私汚れているし、靴も無いし、服もこんなにボロボロだし・・・・」
おばあさんが言います。
「君は何も心配しなくていいんだよ。さぁ、私を信じてついてきてご覧なさい」
シンデレラはおばあさんと一緒に家を出ます。

おばあさんの家に辿り付くと、おばあさんが言いました。
「さぁ、この家の裏にある畑からかぼちゃをとっといで」
シンデレラは言われた通りかぼちゃをとってくると、おばあちゃんは杖でかぼちゃをぽんと軽く叩きます。
たちまちかぼちゃは金色の美しい馬車に変身します。
シンデレラは驚きました。
そしておばあさんは足元にいる四匹のネズミをぽんと叩きます。
あっと言う間にそれは四頭の馬になります。
さらにもう一匹、大きいネズミをぽーんと叩くと、それは従者になりました。
「さぁ、これで舞踏会へ行く馬車の準備が出来たよ」
「でも私この服しか持っていないんです。それに体も汚れていて、洗っても洗っても汚れが落ちないんです」
「心配無い心配無い」
おばあさんはシンデレラの顔を杖で軽くぽんと叩きます。
そしておばあさんは言います。
「私の家に入って、貴方の気に入った洋服を三着持ってきなさい」
シンデレラは言われた通りにおばあさんの家に入ります。
眩いばかりの大量の美しい服がそこに並んでいます。
「信じられない・・・・」
シンデレラはその美しい服の中から気に入った純白のドレス、真紅のドレス、金色のドレスの三着を持っておばあさんの所へ行きます。
「良く見ているんだよ」
おばあさんはさっきシンデレラの頭を軽く叩いた杖で、三着のドレスをぽんぽんぽーん!と叩きます。
すると、ドレスの首から全く汚れないシンデレラの顔が出てきて、袖からは白く美しいシンデレラの手腕。
スカートからは白く輝く足が出てきました。
「どれか一着のドレスの後ろのボタンを外してごらん」
おばあさんの言う通りにシンデレラは純白のドレスの後ろのボタンを外します。
「さぁ、それを着るんだよ」
シンデレラは汚れた手腕をドレスに通します。
すると汚れた手腕は、ドレスから生えた白く美しい手腕に隠れます。
同じように汚れた足も、白く輝く足に隠れます。
それはシンデレラが美しいシンデレラの人形を着るような感じでした。
「次に、顔を入れるんだよ」
シンデレラは、ドレスの首から生える汚れのない自分の顔を掴み、そこへ自分の頭を入れます。
そしてドレスの後ろのボタンを閉じると、そこには輝く美しい汚れの全く無いシンデレラがいました。
「残りの二つのドレスを持っておいき、汚れが落ちなくともこれを着ればあっと言う間に貴方はお姫様になれるよ」
シンデレラはおばあさんに感謝をして、感謝をして、さらに感謝しました。
でも、とおばあさんは付け加えます。
「夜中の12時になる前に必ず家に帰るんだよ。ドレスはそのままだけど、馬車も馬も従者もみんな元通りになってしまって、帰れなくなるし、大騒ぎになるからね」
シンデレラは絶対に約束を守りますといって、舞踏会に出かけた。

シンデレラがお城に着くと、衛兵は驚きました。
「どこのお姫様が来たのだろう?何とお美しい」
衛兵は王子様のところへ言って知らせます。
「とびきり豪華な馬車で、とびきりお美しい、どこかの国の姫君と思われる方が来ています」
それを聞いた王子様はわざわざシンデレラのいるところまで自分で行き、彼女を連れ添います。
ダンスホールでは多くの美しい人が踊っていましたが、王子様とシンデレラが一緒に入ってきた時、
みんな踊りをやめ、魅入っていました。
「あの美しい方はどこから?」
「まるで絵画からそのまま出てきたような美しさだ!」

王子様はシンデレラを最も待遇の良い席に座らせ、お茶とお菓子を薦めました。
やがて音楽が鳴り始めると、王子様とシンデレラは踊り始めます。
二人は花びらのように飛び交い魅了する踊りを見せます。
そんな時間もあっという間、時間を見るともう直ぐ 12時です。
王子様にシンデレラは挨拶をします。
すると王子様は言いました。
「家まで送っていきましょう」
「いえ、一人で家まで帰れます」
「では、またいつか会えると約束して頂けますか?」
シンデレラは はい と言いたい気持ちを抑え、王子様に別れを告げておばあさんの家に帰りました。
シンデレラが風のように帰る様を見て、王子様は落ち込んで下を見ると、美しいガラスの靴が落ちています。
「どうやら彼女は靴を忘れたらしい。衛兵!この靴の女性を探してきてくれ!」

おばあさんの家にシンデレラが着きます。
「おばあさま、ありがとう。今日はお城で王子様と踊ったの。それはそれは楽しい思い出だったわ」
「それはよかったねえ。じゃあ、君の家まで帰ろうか」
シンデレラは家に帰ると、馬車はかぼちゃに、馬はねずみ、従者もねずみに戻ってしまいました。
ただ、元に戻らなかった三着のドレスだけが、彼女の思い出の証です。

家のドアが開く音がして、シンデレラは慌てて三着のドレスを自分の服のスカートの中に隠します。
そして家に帰ってきた二人の姉の喋り声が聞こえます。
「今日とても美しい方がいらしたわね」
「そうね。どこかのお姫様かしら?」
それを聞いて、シンデレラはくすくすと笑ってしまいます。
その笑い声を聞いて、二人の姉はシンデレラの元に来ました。
「何を笑っているのかしら?」
姉の一人がシンデレラの背中を蹴ると、彼女は服の下に隠していた三着のドレスを落としてしまいます。
「あら、これは何かしら」
もう一人の姉がドレスを拾い上げて悲鳴をあげます。
「何てこと!!これは今日私達が見た姫君じゃない!これは人形・・・?貴方はこれを被っていたのね!!」
「シンデレラ、貴方王子様を騙したのね!これは重い罪だわ!」
そこへ家へどんどんとお城の衛兵が尋ねてきました。
姉二人は思います。ちょうど良い、シンデレラを重い罪を犯した者として突き出そう。
シンデレラの体を縄でしばり、柱にくくりつけます。

そして姉二人が玄関のドアを開けると、衛兵が最初に口を開きました。
「今日、舞踏会でガラスの靴をお忘れになりませんでしたか?ガラスの靴に合う足を持つ方を王子様が探していらっしゃいます」
姉二人は見ていないと言い、衛兵を帰しました。
そうです。姉二人は全く別のことを考えたのです。

「シンデレラ!貴方は重い罪を犯したの、でも黙っておいてあげるわ!」
「でもね!代償があるの、このドレスは没収するわ!」
そう言って二人の姉は、シンデレラの真紅のドレスと金色のドレスを取り上げます。
姉の一人が真紅のドレスを着終えると、そこにはシンデレラの顔をした絶世の美女が立っていた。
「あら、お美しいですわ。お姉さま」
「そう?どこかの姫君に見えるかしら」
「十分見えますわ」
「貴方も着てみて」
もう一人の姉が金色のドレスを着終えると、そこにはシンデレラの顔をした妖精のような美女が立っていた。
「なんて美しい。どこから見てもお姫様よ」
「素晴らしいドレスだわ」

そこへ母が帰ってきました。
二人の姉は、この素晴らしいドレスのことを母に伝えます。
すると母は言いました。
「今日、私も舞踏会に行ったんだよ」
二人の姉は驚きます。
「そう、このドレスを着てね」
そう言って母は美しい若い女性の顔手足のついたドレスを取り出します。
「お母様、このドレスはどこで?」
「変なおばあさんがね、この杖でシンデレラにドレスや馬車を与えていたのを見ていたんだよ。
そして、シンデレラが帰ったのを見計らって、その杖を盗んできたのさ」
二人の姉は大喜びします。
「素晴らしいわ。その杖があれば何でも出来るのね」
「その通りさ!」
そう言って、母はシンデレラのぼろぼろの服を剥ぎ取ります。
「ついさっき、そこの家で死にそうな寝たきりのおばあさんの顔をぽんと杖で叩いてきたのさ。これで服をぽんと叩くと」
するとシンデレラのぼろぼろ服の首からしわしわのおばあさんの顔が、もうやせ細った手足が生えてきます。
「さぁ、シンデレラ。これを着るんだよ。そして貴方の人生は私達が受け継ぐのよ」
「さすがお母様ですわ」
「素晴らしい早くやってやって」
嫌がるシンデレラを三人は無理矢理押さえつけて、よぼよぼのおばあさんの体の中に入れていきます。
「さぁ、これで杖でぽんと叩くと」
きゅきゅっと音がして、シンデレラはしわがれた声になります。
「何をしたの」
「人形の中に入った状態で杖で叩くと、その人形が本体になるんだよ。貴方のその体はもう単なる人形の被り物じゃなくて、貴方の体そのものなんだからねえ」
二人の姉はそれを見てきゃっきゃっと喜び叫ぶ。
「慌てない。まだやる事があるのよ」
母は真紅のドレスと金色のドレスを着た二人の姉妹のドレスの頭の部分だけ脱がして、
娘の顔と杖でぽんと叩き、さっき二人が舞踏会に着ていったドレスにそれぞれぽんと杖を当てた。
すると意地悪そうな二人の姉の顔のついたそれぞれの二着のドレスが出来る。
「さぁ、シンデレラ。この姉のドレスを着るのよ。二人の娘の為に、汚名を被るの。それだけが貴方の生きる道なんだから」
そう言って今まで自分をイジメ続けてきた二人の姉の顔がついた二着のドレスが、よぼよぼになったシンデレラに投げ入れられる。
「シンデレラ。そのおばあさんの体じゃ、命は一ヶ月と持たない。早く娘達のドレスを着ることね」
そして母は真紅のドレスと金色のドレスを着直した二人の姉妹を杖でぽんぽんと叩く。
「さぁ、娘達。新しい体よ」
「お母様も、どう?」
姉は残ったシンデレラの顔のついた純白のドレスを母に渡す。
「良いわね、三姉妹ってことにしましょうか」
純白のドレスを着た母は、自分で自分の体を杖で叩く。
「うふふ、今日から私達は三姉妹よ」
「そして、聞いてお母様。私達は王子様と結婚するのよ」
「どうやってだい?」
「シンデレラが、靴を忘れたんですって。そして、王子様がその靴の合う女の人を探しているの。
つまり、その靴に合う足を持っているのは、私達って言うことよ」
「まあ、素晴らしいこと」



次の日、王子様は三人の女性と結婚した。
町の人々は口々に言う。
「あんな美しい姫君、見たことないよ」
「しかも三つ子だとさ。顔はそっくりだ」
「あんな美しいお姫様だったら、心も美しいんでしょうね」
「意地悪なお姉さんが、三姉妹に嫉妬して、いじめていたそうよ」
「それを今までずっと耐えて来たの?なんて偉い方なんでしょう。心の美しさが、外見にまで現れているようね」
「苦しみや痛みが分かる姫様だ。この国もよくなるだろう」

「それで、あの三姉妹の名前は何て言うんだい?」
「それはね――」