ゆすら荘のペットな彼女【3】(全4回)
 作・JuJu


 佑太は山のほこらに戻ると、社殿の中にある犬の石像に訴えた。
「ひどいよ、おいなりさま。ぼくの願いをかなえてくれるって言ったのに。
 美由紀さんは皮になっちゃったし。
 ゆすらの家だって、あたえられていないじゃないか」
 神からの返事はない。
 あこがれの美由紀は皮になってしまった。
 ゆすらの家もあいかわらずの朽ち果てた社殿だ。
 気落ちした佑太は、ほこらの前でしゃがみこんだ。足元にすり寄ってきたゆすらを抱き上げると、うなだれながら頭や体をなでてやる。

    *

「あっ、もしかしたら!」
 ゆすらをなでていた佑太が、突然立ち上がりながら叫んだ。
「神さまがかなえてくれたのは、そういうことかも!
 それならば、美由紀さんはぼくの物になるし。ゆすらも快適な家に住める」
 佑太はいった。
「ゆすら、おいで」
 佑太はゆすらカバンに入れると、美由紀の家を目指した。

    * 

 佑太は美由紀の家に来ていた。
 初めて入る美由紀の家に、ゆすらは興味深そうに、あちこちに移動しては調べまわった。
 いっぽう佑太は、クローゼットに入れておいた美由紀の皮をとりだした。
 佑太は部屋を歩き回っているゆすらを捕まえると首輪をはずした。そして美由紀の皮に切れ目をいれると、中にゆすらを入れた。
 床にひろがった平べったい美由紀の皮は、ゆすらがいる所だけがふくらんでいた。ふくらみは、しばらく落ち着かないようすで皮の中を這い回っていた。
 やがて皮は、空気でも入れているようにふくらみはじめた。皮はふくらみ続け、ついに美由紀の姿になった。
「ご主人さま、いったいどうなって……?
 ――!?
 わたし、人間の言葉をしゃべってる!!
 それに、ご主人さまが小さくなってる?
 あ、頭のなかに、なにか入ってくる。これは……人間の知識?
 なにがおこっているの?
 怖いよぅ、ご主人さまぁ!」
 美由紀の姿になったゆすらは、佑太に抱きついた。
 裸の美由紀に抱きつかれた佑太は、動揺をおさえながら、いつもゆすらにしてあげているように美由紀の頭をなでた。
「おちついてゆすら。
 ゆすらは人間になったんだ。
 いまゆすらの頭に入っているのは、人間の知識と記憶だ」
「わたしが……人間に? でもどうして?」
「ぼくがゆすらを人間にしたんだ。
 ゆすらは、人間になりたくはないか? 
 人間になれば、ぼくとゆすらはもっと親しくなれる。いままでよりも長い時間いっしょにいられる」
「本当? 人間になれば、ご主人さまといっしょにいられるの? うん、だったら、わたし人間になりたい!」
「ならば、怖がらずに、人間の知識と記憶を受け入れるんだ。ぼくを信じて!」
「うん……」
 ゆすらが落ち着くまで、佑太は抱きついたままの彼女のあたまをなで続けた。
 しばらくして、ゆすらもようやく落ち着いてきた。
「ゆすら。おまえの頭の中に入ってくる美由紀さんの――その人の記憶や知識は、お前のものなんだ。
 その体も、その記憶も知識も、お前が自由に使っていいんだ」
「本当? ご主人さま?」
「ああ、お前は今日から人間になるんだ。
 この家も、今日からおまえのものだ。もうほこらに隠れて住まなくてもいいんだ。
 それだけじゃない。
 さっきも言ったとおり、人間の姿ならばぼくと一緒にいろんな所にけるぞ。いっしょにいろんなことをして、いろんな話をして、いろんな所に行こう!」
「ご主人さま、大好き!!」
 美由紀になったゆすらは、佑太にキスをした。
「えっ? ゆすら! お、おまえ、なにを!?」
「だって大好きな人にはこうするんでしょ? 人間の知識が教えてくれた。わたしはご主人さまが大好き。
 もしかして、ご主人さまはこんなことをされるのは嫌?」
「そんなことはないけれど」
「じゃあ、いいじゃない!」
 そういうと、美由紀はまたキスをした。
 その時、興奮したためか、美由紀の皮を裂いて、中から犬の耳とシッポが飛び出した。
「ゆすら! 耳とシッポがでているぞ!?」
 ゆすらは美由紀の手で、自分の頭やお尻をさわって確かめた。
「あ、本当だ」
「興奮すると、耳やシッポが出るみたいだな。お前の正体が犬だって他の人に知られないようにしなくちゃいけない。だから、人前では耳やシッポが出ないように気を付けるんだ」
「うん、わかった」
 佑太は美由紀になったゆすらを、目の前に直立させると、裸の彼女の全身を見た。皮は本当に良くできていて、着せた佑太にさえ、どこからどうみても美由紀そのものにしか見えなかった。ただ唯一、耳とシッポだけが、彼女の正体が犬であることをあらわしていた。
「とりあえず服を着よう」
「うん。人間の知識によると、服を着たほうがいいみたい」
 ゆすらは馴れた手つきで、床に脱ぎ捨てられていた美由紀の服を着た。
「ねえすごいよご主人さま! わたし、服って着るのはじめてなのに、知識を引き出すとちゃんと着ることができた!」
 最初は人間の知識が入ってくることに怖がっていたゆすらも、いまでははすっかり知識を使うことに夢中になっていた。
「すごいなあ。もうすこし、この人の知識や記憶を引き出してみるね」
 ゆすらは瞑想をするように目を閉じて立っていたが、しばらくして急に悲しそうな表情になった。
「どうした、ゆすら。やっぱり人間はいやか?」
「ううん。そうじゃないの。
 この人の記憶を見ていたら、知っちゃったんだ。ご主人さまが、さっき泣いていた理由。
 この人、せっかくご主人さまが恋人にしてくれるって告白してくれたのに、振っちゃったんだね。それでご主人さまはさっきあんなに泣いていたんだ。
 ゆるせない。ご主人さまを振るなんて」
 美由紀は腕を伸ばした。佑太の頭を手に取ると、そのまま引き寄せて、自分の胸に押しつけた。そして、佑太の頭をやさしくなでた。
「ゆすら!?」
「人間って、相手をなぐさめるときはこうするんでしょう?
 元気を出してご主人さま。わたしはご主人さまのペットなんだから、ご主人さまのよろこぶことだったら、なんだってするよ!」
 そう言うと、美由紀は両腕で佑太の頭を強く抱きしめた。美由紀の大きくてやわらかい胸が佑太に押しつけられ、彼の顔は美由紀の胸にうずもれる。
(そうだ、そうなんだ。美由紀さんの正体はゆすらなんだ。
 美由紀さんは今日から、ぼくのペットになったんだ)
 佑太は美由紀の背中に腕を伸ばして、自分からも美由紀に抱きついた。

   *

 いくらか傷心が癒(いや)された佑太は、掛け時計を見た。時刻は夕方になっていた。
「ゆすら、ぼく、そろそろ家に帰らないと。
 もっと遊んでいたいけれど、あんまり帰りが遅くなると、ママに叱られるから」
 佑太は、ゆすらをこのまま美由紀として暮らさせることにした。
 皮があれば、いつでもゆすらを美由紀に変身させることはできるが、美由紀が突然いなくなったら、さわぎになると考えたからだ。
 ゆすらは、佑太と一緒に暮らしたいとだだをこねたが、明日また遊んであげると約束することで、どうにか説得した。

    *

 次の日の朝。
「いってきまーす!」
 マンションの玄関から飛び出してきた佑太は、満開の桜が立ち並ぶ住宅街の坂道を駆け上がった。春の朝のやわらかい日差しが彼を照らす。車道を走るバスがゆったりと彼を追い抜き、舞い散る桜の花びらが坂道を走りつづける彼にふりそそいだ。
 佑太は坂の上に立っている白い外壁の一軒家に来た。しゃれた装飾がほどこされた玄関の扉の前に立つと、ノックもせずにいきなり扉を開く。
「誰!?」
 家の中にいた美由紀は、突然の侵入者に驚きながら振り返った。
 彼女は全裸だった。
「ご、ごめん」
 裸の美由紀を目にした佑太は、その場で硬直してしまった。それでもその視線は、彼女の大きな胸を見つめていた。
「あっ! ご主人さま!」
 扉を開けたのが佑太だとわかると、美由紀の表情が安堵(あんど)したものに変わる。同時に彼女の頭に犬の耳がはえ、おしりにも犬のシッポが伸びた。
 美由紀は裸であることを恥じらいもせずに、佑太に向かってかけよって来た。彼女の巨大な胸が揺れる。その揺れる胸を見て、佑太はますます顔を赤くした。
 美由紀は佑太のそばまで来ると、甘えた表情をしながら両腕を伸ばして佑太に抱きついた。佑太の頭が裸の彼女の胸の谷間にうずもれる。
「ご主人さまぁ、さみしかったよぅ」
「たった一日じゃないか」
 佑太は耳まで真っ赤にしながら、それでも精いっぱい強がって平然とした声でこたえた。
「だって、だってぇ……」
「今日は夕方まで一緒にいてやるからな」
「うんっ!」
 佑太は、抱きしめる美由紀の腕に、いっそうの力がこもったのを感じた。
(美由紀さんの胸が顔に当たって気持ちいい。それに良い匂いがするなぁ。
 ぼくは裸を見てもいいんだ。この大きくてやわらかい胸を、好きなだけ触ってもいいんだ。
 全部ぼくのものなんだ)
 佑太は思った。
(――だって美由紀さんは昨日、ぼくのペットになったのだから)
 佑太は、裸の美由紀の大きな胸にうずもれながらたずねた。
「裸だけど、着替えの途中だった?」
「ううん。服って嫌だったから、ずっと裸で過ごしていたんだ」
「こら、ゆすら。いくら家の中とはいえ、服を着なくちゃだめだろう」
「だって服って苦手なんだもの」
「ゆすらは人間になったんだ。人間は服を着なくちゃだめなんだよ」
「じゃあ、ご主人さまがわたしの着る服を選んで。ご主人さまが選んでくれた服ならば、着るから」
 そう言って美由紀は、佑太の手を引いて、タンスの前に連れて来た。
「まずは下着からだね。
 えーっと、下着はここっと……」
 美由紀はタンスの引き出しを開けた。そこには、ていねいにたたまれたブラジャーやショーツが並んでいた。
 裸の美由紀が目の前で下着を選んでいる姿を見て、佑太は恥ずかしくなってきた。
 しかも美由紀は恥じらうこともなく「これなんてどうかな?」などと言っては、これから着る下着を見せつけてくるのだ。
「それともご主人さまは、こっちの方が好みかなあ?」
 美由紀は細い指先で下着をつかんでは、佑太に向けて披露する。
(美由紀さんに着せる下着をぼくが選ぶんだ)
 そう思うと、佑太は恥ずかしさに気が遠くなってくる。
 いつまでも自分から下着を選ぼうとはせず、ぼんやりとしている佑太に業を煮やした美由紀は、彼の手をつかむとタンスのなかに導いた。
「ほらほら、ご主人さまもいっしょに選んでよ」
 美由紀にうながされて、佑太は下着をつかむ。ふるえる手でたたまれているショーツを広げる。
「これが美由紀さんの下着……」
 真っ赤な顔をして美由紀のショーツを見ていた佑太に向かって、とつぜん美由紀が大きな声を出す。
「そうだ! あれなら、きっとご主人さまの好みじゃないかな?」
 そういってタンスの奥から、しゃれた小さな袋を取り出すと、なかから薄地の下着を出した。
 慣れた手つきで身につけると言った。
「ほらご主人さま! みてみて!!」
 そこには、秘所がどうにか隠れるような、露出度のやたら高い下着を着た美由紀が立っていた。
 しかも、シッポがじゃまをしてショーツをうまくはくことが出来ず、まるで脱ぎかけのようにお尻がはみ出していた。
「大胆すぎるよ……。
 裸のままのほうが、まだ恥ずかしくないとくらいだ……」
「え〜? これもだめなの? 
 それじゃ、新しい下着を買いに行こうよ。知識によると、いっぱい下着が売っているお店があるみたいだよ」
 佑太は少し考えてからこたえた。
「そうだな。ゆすらはこれから人間として過ごさなければならないんだし、買い物とかも体験しておいた方がいいかもな……。
 わかった。一緒にお店に行こう!」
 佑太は続けて言った。
「ただし、外に出たら美由紀さんの振りをすること。
 知識や記憶を使って、美由紀さんになりきるんだ。ぼくも助けるから、ぜったいに周りの人に、正体が犬のゆすらだってばれないようにするんだよ。いいね?」
「まかせて!」
 美由紀は、自慢げに胸を張った。大胆な下着を着たままなので、大きな胸が色っぽく突きでる。
「実は昨日の夜、記憶や知識を引き出して、人間として生きるための学習しておいたんだから。
 その成果を見せてあげる」
 そういうと美由紀は、犬の耳とシッポを皮の中に隠した。露出度の高い下着の上に、外出着を着る。
 佑太は耳が出てもばれないように、念を入れて帽子をかぶらせた。
 佑太は確認をするために、外出着姿のゆすらを前後左右とあらゆる角度から全身を見渡した。
 あらためて、あの皮のすごさを実感した。正体を知っている佑太の目から見ても、この中に子犬が入っているとは思えなかった。
「うん。これならば、ばっちりだ。本物の美由紀さんにしか見えない」