ガンガールズ 作:JuJu ■第十三章「死闘」 なんだ……チカに彼女なんていなかったんだ。それにチカとわたしは両思いだったんだ。 林の中でトサカと追いかけっこをしながら、美久(みく)はそのことを確かめる。そうすると心の底から力と勇気がいくらでもわいてきた。いまならば相手がガンボーイズであろうと負ける気がしない。 「うん。トサカなんかに負ける気がしない!」 「トサカ? ……誰だよそれ?」 「あんたしかいないでしょうが! あんた自分を鏡見たことがあるの? その髪型、誰がどう見たってニワトリのトサカそのものでしょうが!」 「お? おおー? おおおおおーー!? 俺のいかしたヘアースタイルを……、ニワ……ニワ……ニワトリのトサカぁー!? よくも! よくもぉ!!」 自慢の髪型をけなされたトサカは、怒りに狂い美久を狙って銃を撃った。しかし頭に血がのぼり狙いもろくに定めずに撃った弾(たま)など、隠れる樹木がいくらでもある林の中でなら、美久でなくとも避けるのは容易だった。 トサカの拳銃はワルサーP38。弾丸の装填数は八発だ。無我夢中で連射したトサカの銃はすぐに弾切れとなった。トサカは新しい弾を装填するたにめに、腰に装備したポーチから予備の弾薬の入ったカートリッジを取り出す。さすがにその手際は素早かった。 銃撃がやんだのを見て、美久はさらにトサカを挑発する。 「それともうひとつ! そのワルサーP38はジェニファーちゃんって言うんだっけ? 銃に名前を付けるのが気持ちわるいのよ!! 変態!」 「クソッ! クソツ! クソがぁぁぁ!!」 トサカはこれ以上ないほど顔をゆがませ、ふたたび銃を乱射しはじめた。 「悪いわね。貸衣装の服だから、たとえ消えるインクだとしてもそう簡単に汚させるわけにはいかないのよ!」 逆上していたトサカは、弾が空になった拳銃の引き金を美久めがけてなんども引き続けていた。まったくガンボーイズにありえないような単純なあやまちだった。それだけ自慢の髪をけなされて怒りに我を忘れていたのだろう。 自分の失態に気が付いたトサカは、一瞬後悔した顔をしたが、そこは経験からすぐに素早く立ち直った。 あわてて腰のポーチから予備のたカートリッジを取り出す。 しかし銃を撃たずに避け続け、反撃の時をひたすら待ちわびていた美久が、その隙を見のがすはずがなかった。 「ゴスロリを甘く見ないでね!」 美久の一撃が、トサカの胸を突いた。 「くぅ……。ヒットしたぜ。クソっ……ちくしょーう!!」 服をインクまみれにされて怒りが収まらない様子ながら、それでも戦士としての誇りからか、それとも言い逃れのできないインクの染みの証拠のためか、両手を上げて敗北を認めるトサカ。 ルール上弾が当たった者は、敗北を宣言した後にすみやかにセーフティーゾーンに向かわなければならない。ガンスポ上では彼らはすでに銃に撃ち殺された死人なのだ。 ぶつぶつと小声で「トサカじゃねえ……」と恨み言を言いながら時々振り返って美久を睨むトサカは、ムクが待っているはずの受付近くのセーフティーゾーンへと向かって歩いていった。 ◇ 美久はトサカとムクには勝った。しかし勝利の味をかみしめている余裕などなかった。なにしろまだリーダーは生きている。戦いはまだ続いているのだ。 美久はいそいでチカを捜した。目立つゴスロリを着たチカはすぐに見つかった。ここから少し離れた芝生の広場の真ん中でリーダーと戦っている。お互いに走りながら隙を狙っていた。 チカとリーダーの戦いはまだ決着がついていなかった。しかしチカは押され気味だった。やはりリーダーの地位は伊達(だて)ではなかったようだ。 チカの表情に疲労の色が見えている。すっかり動きに切れがなくなって肩で息をしている。やがて疲労からリーダーの姿を見失ったらしく、胸の前でガバメントを構えたまま、あたりをキョロキョロと見まわした。 ◇ 「後ろ! リーダーは林の草むらに伏せて狙っている!!」 美久がチカに向かって叫ぶと、チカはあわてて振り返った。すると草の中で腹ばいになって銃を構えていたリーダーの巨体が立ち上がり、そのまま近くの林の中に隠れてしまう。 美久はチカに駆け寄った。 「大丈夫だった?」 「まさかお前に助けられるとはな」 そこに、林の中からリーダーの声がした。 「おまえが勝ったか。それならばふたり掛かりでかかってこい」 「そんなこと言って、負けたらこの前見たく『ふたりがかりは卑怯だ、勝負は引き分けだ』とかいうつもりなんしょう?」 「そんなことは言わない。生き残り同士が組むんだ、ガンスポのルールとしてなんの問題ない。 俺たちだって最初から三対二で戦っている。いまさら数が劣勢になったからと言って文句はない。遠慮なくかかってこい」 ◇ 美久はチカの隣に並んだ。チカが自分のそばにいる。ただそれだけで、何物をも恐れない勇気が沸き立つのを感じた。 ああやっぱりわたしはチカが好きだ。たとえむくわれなくてもチカが好きだ。美久は心の底からそう思った。 美久がとなりを見ると、あれほど疲労の色を見せていたチカが急に息を吹き返したように元気になっていた。 「ミク!」 「はい!」 チカのその一言だけで、美久はチカが何をしようとしているのか理解ができた。美久はすばやくリーダーの右に回ると、左に回ったチカと合わせて挟み撃ちにしようとした。 それに気づいたリーダーは後方に退避した。 「いけるか?」 「任せて!」 美久は特訓で鍛えられた足で、リーダーが逃げようとする先に回って足止めをしようとする。 その間にチカはその場で、銃を弾の詰まった新しいカートリッジに交換していた。 前後から挟み撃ちをするガンガールズ。 美久とチカのふたりの息はピッタリで、とくに美久は憑き物が落ちたように軽快な足を見せた。リーダーが片方を狙おうとすれば、もう一方がリーダーを撃って妨害する。リーダーが弾を補充しようとすれば、ふたりで射撃を仕掛ける。 リーダーもなかなかしぶとかったが、それでも、いままでの戦いの疲労と、息の合ったふたりの攻撃に、ついにインク弾(だん)が当たり青くはじける。リーダーの手にインク跡が残った。 「――負けました」 リーダーか敗北宣言をするのと同時に試合終了のサイレンが鳴り響いた。 ◇ 負けたというのに、リーダーはすがすがしい表情をしていた。 「俺の負けか……。ふたりかがりとはいえ、女ごときに負けるとはな。これだからガンスポはおもしろい。 こんなに熱くなって戦えたのはひさびさだ。弱い奴らを相手にするよりも、やはり強い奴と本気で戦うほうが面白いな。おかげで心底楽しめた。 それにしても、ふたりとも女のくせにやるじゃないか。気に入ったぜ」 「それじゃ、女のわたしに負けたんだから……」 美久の言葉を、リーダーがつなぐ。 「ああ。今後は女だから戦場に立つななんて言わないことを誓おう」 「それと……」 「わかっている。もうペイント弾は使わない。これからは公式の弾丸だけを使う。男として約束する。 だから、また試合の相手をしてくれ」 そう言うと、リーダーはふたりに背を向けてセーフティーゾーンに向かって歩きだした。 ◇ 「やったな」 「ええ」 どちらからともなく、美久とチカは顔を見合わせうなずきあう。 と、そこに倒したはずのトサカが、草の陰から飛び出して来た! 「お前もこいよ! 悔しいんだろ?」 「お、おう……」 トサカの後ろから、これも倒したはずのムクが後を追うように出てきた。 「お、お前たち! セーフティーゾーンに行ったんじゃなかったのか?」 騒動に、すでにだいぶ離れた場所を歩いていたリーダーが振り向いて驚く。 「リーダーがこいつらを倒したあとにでも、追い撃ちをかけてインクまみれにしてやろうと隠れて待っていたんですよ。だけどまさかリーダーを負かすとはなぁ」 トサカが言う。 「お前たち、やめろ! 俺たちは負けたんだ。くやしいならつぎ戦って今度こそ勝てばいい」 しかしリーダーのとめる声など無視して、トサカは美久ににじり寄りながら言う。 「こうなったらガンスポもルールも関係ねえ!! こいつらは俺の自慢の髪型をけなしやがった。しかもよりによってトサカとかいいやがった! 理由はそれだけで充分だ!!」 ガンスポが関係ないというのは本当らしく、トサカもムクも銃を構えていなかった。その代わり拳を振り上げてかまえている。 もはや、インクなどでは物足りなく、自分の手で殴らなければ我慢ができないのだろう。 鬼の形相で美久に向かって襲い殴りかかってくるトサカ。それをおずおずと追従する巨体のムク。 暴力に気が付き、リーダーはふたりをとめようと走り出していたが、とても間に合いそうになかった。 美久はおもわず銃をふたりに向けたが、握ったベレッタが視界にはいると、こんなものはなんの役にも立たないことに気がつく。中に入っているのはただのインクの弾だ。武器にならない。 ガンスポというスポーツのうえでならば、女でもトサカたちに勝てた。しかし男の腕力で本気で襲われては女の美久たちに勝ち目はない。ただの力比べとなれば女が男に勝てるはずもない。 おののいている美久の顔面を狙って、トサカの拳が襲いかかる。 ――と、その瞬間。 美久の隣にいたチカがトサカの腕を奪うと、そのまま彼の体を宙に投げ飛ばした。つづけてトサカの後を追っていたムクも地面に投げつける。 「姉貴に憧れて習った柔道が、こんなときに役立つとはな」 チカが言う。 「いたたたた……。ガンスポは格闘技禁止だぞ! 卑怯だ! ルール違反だ!」 投げ飛ばされ、地面にたたきつけられているトサカが叫ぶ。 「自分たちから殴りかかってきたくせに……」 美久がいう。 「俺たちのはケンカだ。格闘技じゃない!」 「なんて、開き直り」 美久はあきれた声で言う。 ムクはトサカにむりやり付き合わされたらしく、愚痴のひとつも言わずに気力がなく芝生に倒れたままだ。 それとはまったく逆に、トサカは顔をこれ以上ないほど紅潮させている。耳の先まで真っ赤だ。モヒカンの髪だけではなく、いまや頭全体が真っ赤に染まっていた。それでも投げつけられた痛みで立てないらしく芝生に横たわっていた。 「お前たち、いいかげん目を覚ませよ……」 そばに来ていたリーダーがトサカとムクを見下ろしながら言う。それからホルダーから銃を取り出すと、例のペイント弾の入った弾倉(カートリッジ)に入れ替えてから美久に投げ渡した。 「ミク、俺のデザートイーグルを使え!」 受け取った美久は不思議そうに拳銃を見ていたが、やがて「どうしたらいいの?」問うようにチカを見る。するとチカはトサカたちをあごをしゃくってさした。 美久はその意図を理解する。 女の小さな手では両手でも持てあますような、巨体のデザートイーグルからペイント弾が発射される。最初の一発はムクに向けて。残りの弾はなくなるまで何度も何度も倒れているトサカの顔と髪の毛に向かって発射した。 トサカご自慢の真っ赤に染めた髪は、銃弾から破裂したインクで真っ青に染め変えられてゆく。 「俺の! 俺のーーー!! 自慢の髪がーーーーーー!!」 「安心しなさいよ。ガンスポ公式のルールじゃ、三十分から一時間で消えるインクの弾を使っているはずだから。ただしあなたたちが本当に公式の弾を使っていたらの話だけれど! これに懲りたら、もう女の子をいじめたり、初心者つぶしとかやらないことね! ガンスポはスポーツなんだからスポーツマンシップに乗っ取ること!」 美久はそう言うと、西部劇見たく口元にデザートイーグルの銃口を持っていくと硝煙を吹くしぐさをした。 ◇ 「あー、スッキリした」 チカに恋人がいるという誤解も解け、その上ガンボーイズを倒し、すっかり鬱憤を発散した美久は最高にさわやかな笑顔で優勝の表彰を受けるために入り口に向かって歩き出した。 その輝く笑顔に、ガンボーイズの男たちは見ほれるしかなかった。 |