ガンガールズ 作:JuJu ■第十二章「ラストバトルは私に」 「俺が年上の女といちゃついていた? さっきから何いってるんだおまえ」 チカが目を丸くする。そんな表情を美久(みく)が見たのは初めてだった。 「だってあの時……」 美久は学生街でチカと女性が歩いているのを目撃したことを話した。人違いじゃない。あの時、たしかにチカは年上の女性に抱きつかれていた。あのなれなれしい抱きつき方はどう見てもただの友人とは違って、あきらかに愛情と甘えにあふれていた。 「――ああ。なんだそのことか。 さっきから、なにぼんやりとしているかと思えば、おまえそんなつまらないことを気にしていたのか」 美久のの話で合点がいったらしく、あきれた様子でチカは言った。 「つまらないことを気にしていてわるかったわね!」 「あのなぁ……、おまえ勘違いをしているぞ?」 「なにが勘違いよ! この目でしっかりと見たんだから!」 「あの人は……だな……」 「いいわけするなんて男らしくないわよ! もう試合なんて放棄して、その彼女の所に行けばいいじゃない!! ガンボーイズならわたし一人で相手してやるわ!!」 「ああもう! いいから俺の話を聞けよ!!」 彼女がいると騒いで話を聞こうともしない美久に、チカはキスをして口を止める。 「!!」 今度は美久が目を見開いて驚く番だった。 はじかれたように後ずさる。手の甲で、自分の口を押さえる。 「なっ! ななななな! なにするのよ!」 「こうでもしないと、だまりそうになかったからな。ちょっとは落ちついたか?」 「あっ!」 ヒステリックになっていた自分に気が付く美久。 「――それで、その人を俺の女だとおもっていたのか? あ……、もしかしてお前俺のことが好きなの? だから俺に彼女がいたから嫉妬に狂っているのか?」 「ななななな!!」 「なるほどな。その様子だと図星か」 ため息をはくチカ。 「いいか、落ち着いてよく聞けよ? あの人は俺の姉だ」 「お姉さん……?」 「ああそうだ。さらに言うと、大学の教授をしている」 「教授って……。あの若さで?」 「すごいだろう、自慢の姉貴だ。海外の大学で教授をしていたんだが、今は俺の大学に客員として来ているんだ」 「あっ! もしかして、古代ローマ時代の研究をしているって教授って、チカのお姉さんのことだったの?」 「そういうことだ。俺がこうして女になっているのも、教授……つまり姉貴に頼まれてのことだ。姉貴の頼みなだけに断れなくて、こうして男から女になる実証実験をしているんだ」 それからチカは、観念したようにため息をはくと、語り始めた。 「しかたない。本当は口止めされているんだが、性別を変える秘法のことを話してやる。といっても俺も詳しいことは知らないから、実験を受けたときのことをありのままに話すだけだが」 ◇ ある日、チカが姉である教授に呼ばれて大学の研究室に入ると、折り畳み式の長机の上にコルクで栓をした一本のガラス瓶(ビン)が置かれていた。ビンの中には透明な赤い液体が入っている。 「来たね? さっそくだけど、そのジュースを飲んで!」 研究室に入って早々、チカの姉の教授は言った。 「ま、待て姉貴。俺にだって心の準備ってものが必要だ。 それでこれが、姉貴の言っていた古代ローマ時代に作られたっていう、女になるっていうジュースなのか?」 チカはガラス瓶を手に取ると目の前にかかげ、しげしげとながめた。風化のためかわずかに虹色がかっていて、現代のビンから比べると形はゆがんでいるが、それでもたしかにガラスでできていた。 「古代ローマにガラス瓶があったなんて……」 「あー、それはよく聞かれるね。でもそれは遺跡から発掘された、正真正銘古代ローマ時代に作られたガラス瓶だよ。 ――というか、あんたたち一般人は古代ローマ文明を舐めすぎ。古代文明って凄いんだよ? 現代にいたるまでの西洋の文明なんて、しょせんは古代ローマと古代ギリシャの双肩に乗っかっているようなものなんだからね。 まあそんな話はおいといて、さあ飲んで飲んで! 色が赤いのは、果汁で染めただけだから安心していいよ」 「そんな古いジュースが飲めるわけないだろう。腐ってるに違いないし」 「そんなの当たり前だろう? 常識で考えなよ、そんな長時間保存できるジュースなんて存在するわけがないだろう。 ビンは発掘した本物の古代ローマ時代の物だけど、中身のジュースは今朝あたしが調合して作ったものだから安心しな」 「姉貴が? どうやって?」 「それが今回の発掘の大発見! 聞いておどろくなよ? 壁画には性別を変えるジュースの作り方のレシピが描いてあったんだ! まあ欠けたり削れちゃったりしている部分もけっこうあったんで、不完全なものになっちゃったけれどね。そこは仕方がない」 「中身のジュースは姉貴が作ったのか。だったらこんな貴重なビンに入れずに、普通のコップにジュースをそそげばいいのに……。まぎわらしい」 「日本人のくせにチカは風情がないなぁ。料理は皿で食べるって言ってね、こういうのは雰囲気が大切なんだよ、雰囲気が。せっかく古代ローマ時代のジュースを作ったのに、それをそこらへんに転がっているコップに入れたら味気ないだろう? あんたはコーヒーを湯飲みで飲むのかい? 物にはふさわしい容器ってものがあるんだよ」 「だとしても、そんな貴重な発掘品のビンをこんなことに使ってもいいのか?」 「そのビンのことか? 気にするな。そんなビンたくさん出てくる。たしかに割れているものもあるが、それでもいっぱい出てくる。もともと古代のゴミ捨て場から発掘されたものだからな。それはもうゴロゴロと出てくる」 「ゴミ捨て場って……。そんなものにジュースを入れたのか」 「ビンはあたしが責任を持ってしっかりと洗浄したから衛生面は問題ない。すでにあたしが試飲してるから安心しな」 「そうは言っても……」 なかなかジュースを飲もうとしないチカを見ていて、教授はわずかに顔を曇らせる。 「ごめんね、生体実験なんて危険な実験に付き合わせちゃって。だけど女にさせる薬を女のあたしが飲んでも意味がないからね」 「俺だったら、危険な生体実験をしてもいいのかよ?」 「そういうわけじゃないけど、あたしが駄目だから、あたしの半身ともいえる血を分けたチカにやって欲しいんだ。チカのことは、もうひとりの自分だと思っているから。 もしもチカに何かあれば、あたしが全責任を持つ。もしもチカが死んだら、あたしも後を追う」 「後を追うって……」 「話はもういいだろう? さあ男なら、ググッと一気に飲み干せ!! 飲み干して女になれ!!」 「わかったよ。どのみち姉貴の頼みじゃことわれないしな」 チカは一気にジュースを飲んだ。ジュースはねっとりとした触感で、現代で言うゼリージュースに似ていた。 ◇ 「こうして俺は女に変身したんだ。それで先日は、変身した体の経過報告や調査、それと異常が起きていないかの検診もあるから、姉貴に会いに行ったんだ。その帰りに駅まで送ってもらったんだ。 それで、姉が抱きついていた? それも恋人のように? そんなわけはないだろう。俺たち姉弟(きょうだい)だぞ? ……いや……待てよ? ああなるほど、わかった。あの時か。 あれは抱きついていたんじゃない。俺を相手に柔道の技を掛けようとしていたんだ。隙があれば俺に稽古(けいこ)をつけてやるとかいって、ふざけて技をかけてくるんだよ。ところかまわずにな。俺が柔道をしていたのはガキのころの、ほんの少しの間だけだって言うのに。まったく困った姉貴だよ」 美久の見たところ、困った姉だといいつつも、その表情はまんざらでもない様子だった。 「それじゃ、わたしがチカの彼女だと思っていたのはチカのお姉さんだったの? そしてチカをそんな女性の体に変えたのも、そのお姉さん?」 「さっきからそう言っているだろう。 まったく実の姉を俺の恋人と間違えるなんて……。あきれてものも言えねぇよ」 それから急に真顔になってチカは美久に言った。 「それに、俺が好きなのはおまえだミク!」 「えええええ!? なんで急に! どうして?」 「ちょうどいい機会だから告白しておこうと思う。また俺が他の女といちゃついているとか誤解されたらたまらないからな。 ――ミク。初めて会ったときから、生意気なところがずっと好きだった。一目惚れってやつだ。 俺と恋人としてつきあってほしい」 美久が驚いている間もなく、チカはふたたび彼女にキスをした。 驚いていた美久も、こんどは瞳を閉じてチカの肩に腕を伸ばした。 しばらくの間。チカと美久はキスで愛を確かめ合った。 ◇ 「よーよー! 見せつけてくれんじゃんか。お熱いところ悪ぃんだが、そろそろ俺たちの相手もしてくれよ。女同士でレズろうがなにしようが俺はかまわねえけどよ、やるならせめて林の中にしろよ。こんな開けっぴろげな芝生の真ん中でするなんて、どうぞご覧になってくださいっていっているようなもんだぜ?」 「そーだそーだ。女同士でキスをするなんて、なんてうれしいものを見せて……じゃなかった、ちゃんと真面目に試合をしろ!」 いつの間にか近くに来ていたトサカとムクが美久たちに言う。 美久とチカがキスをしている間に、ガンボーイズが帰ってきていたのだ。 「悪いな。ふたりの恋路を邪魔するのは不粋だとは思ったんだが。ここは戦場なんでな。 さすがに俺たちも、ちちくりあっている奴に向かって不意打ちはできないからな」 リーダーが言う。 「ちちくりって……」 美久が顔を真っ赤にする。 「他の参加者はすべて倒してきた。これで邪魔は入らない。今からたっぷりと俺たちの強さを味あわせてやるぜ!」 トサカが言う。 「面白いわね! 今のわたしはまったく負ける気がしないわ!! さっさと銃を抜いて、決戦の準備をしなさいよ」 美久は腰のホルダーからベレッタを抜いて言う。 「俺たちならばいつでもいいぜ」 リーダーは銃をホルスターに入れたまま、余裕のある笑(え)みで答える。 ムクもリーダーに合わせて一緒にうなづく。 「わかったわ! ガンボーイズ、勝負よ!」 美久が言う。 「そうこなくっちゃなぁー! ヒャッハー!! 汚物は消毒だー!!」 トサカが戦いの開始に狂喜しながら、銃を取り出して舌で舐める。 「決戦開始よ!!」 美久が叫ぶ。 ――と、そこでサイレンが鳴る。 前半終了のの合図だ。十分の休憩時間を挟んで、後半戦になる。 「残念、休憩の時間ね」 チカが言う。 「チッ、運の良い奴め。命拾いしたな」 リーダーがそういうと、ガンボーイズは各地に用意された休憩所に向かい始めた。 「あたしたちも、レスト(休憩所)で体を休めておきましょう」 チカが言う。 「ごめん。わたしちょっと抜ける。やりたいこと、思い出したの!」 チカはそう言うと、受付などがある建物にむかって走っていってしまった。 ◇ 休憩時間が終わる頃、チカとガンボーイズは先ほどの場所にふたたび集まっていた。 「あの女はどうしたんだよ? しっぽを巻いて逃げ出したか?」 トサカが言う。 「あたしだってしらないわよ」 チカが言う。 そこに「おまたせー! どうにか間に合った!」と叫びながら美久が走ってくる。 戻ってきた美久を見てチカもガンボーイズも度肝を抜かれた。 と言うのは、なんと美久はゴシックロリータの服に着替えていたのだ。これにはチカもガンボーイズも、唖然とせざるえない。 「えへへ。実はレンタルで借りてきたの。 今日の試合までに色々あって、ヤケになってこんなのを用意して来たんだけど、フィールドに来たら着るのが恥ずかしくなって更衣室に置いたままだったんだ。だけどゴスロリやガンマンの中でひとりだけコスプレしていないというのも逆に変だし。 これでゴスロリ同士お揃いだね!」 「まるでゴスロリ二号だな」 トサカがあきれたように言う。 「はははは! そいつはいいや」 トサカがつけたあだ名がどういうわけか笑いのツボに入ったらしく、ムクが大声で笑い出す。 そこに後半戦開始のサイレンが鳴る。 美久はサイレンと同時に、いまだ笑っているムクに向かってベレッタを発射した。 「おおうっ? まだ準備もしていないのにズルいぞ!」 ムクが気が付けば、鼻の頭を中心に青いインクが広がっていた。 「試合開始のサイレンが鳴ったんだから、ぼんやりしているほうが悪いのよ!」 「その通りだ。油断していたおまえが悪い」 リーダーが言う。 「ぼく負けたの!? 女の子相手に!?」 「男ならばいさぎよく負けを認めろ」 「ううっ。……負けました」 リーダーの鋭い声にムクは両手を上げながら負けを宣言する。そして意気消沈してがっかりと肩を落としながら、敗者が集まるセーフティーゾーンに向かって、とぼとぼと歩き出した。 ◇ 「なんだこいつ? 動きがさっきまでとはは別人だぞ」 トサカの言うとおり、ムクが不意打ちを受けた理由は彼が油断していたためだけではない。美久がおどろくほど素早い動きをしたためでもあった。 「油断するな。そうとう鍛えてきたんだろう、以前とは違い動きに無駄がなくなっている」 リーダーが言う。 「おもしれぇ。ゴスロリ二号は俺がしとめる」 トサカは倒されたムクに代わって、拳銃で美久を狙う。 「変態なんかに負けるもんですか!」 美久もそれに素早く反応して、芝生のフィールドを走って逃げ回る。やがて林に隠れてしまった。 「くそう。ネズミみたいにうろちょろするな。正面から堂々と戦え!!」 トサカが言う。 「いやよー! くやしかったら当ててごらんなさーい!」 美久がからかう。 そんなふたりをながめていたリーダーに、チカが言った。 「それじゃ、リーダーの相手はあたしね」 「一騎打ちか。望むところだ」 リーダーは静かにほほえみながら答えた。 |