ガンガールズ

 作:JuJu




■第十一章「デスゲーム」

 ついに大会の日の朝になった。

 美久(みく)たちはすでに試合会場に来ていた。

 チカはあいかわらずゴスロリを着ている。

 一方美久は、初めてガンスポをしたときと同じ黒のタンクトップと迷彩柄のパンツ姿だ。あの時に着ていた服はガンボーイズにインクまみれにされたために捨ててしまったが、リベンジの意味を込めてあの日とまったく同じ服を改めて買ってきたのだ。

「どうでもいいが、ずいぶんと荷物が大きいな? なにが入っているんだ?」

「気にしなくていいわよ。それより受付をすましちゃいましょ」

 美久とチカは受付に来た。前回は飛び入りだったためにガンボーイズにケチをつけられてしまったために、今度はちゃんとチームとして登録をする。

 試合開始の前にふたりは割り当てられた開始地点に向かった。歩きながらチカが言う。

「いよいよ、おまえが雪辱を晴らす日が来た。

 お前の能力ではガンボーイズにはかなわないだろうが、そこは俺がフォローしてやる。安心して特訓の成果を見せてやるんだ」

 美久はわずかに驚いてチカを見た。いつもあれほど無気力なのに、今日に限ってはずいぶんと気合いが入っているなと美久は思った。やはりガンボーイズとの戦いを前にチカも気を引き締めているのかもしれない。

 そんなチカに対して、逆にいつもは活発な美久がどことなく上の空ぎみだった。

 今日はガンボーイズに雪辱を果たす大切な日だ。もっと集中しなければ。

 美久はそう自分に言い聞かせるものの、こうしてチカのそばにいると、あの日学生街で見た、チカが恋人とがいちゃっている場面を思い出してしまい気が気でなくなる。忘れようとすればするほど気になってしかたなくなってくる。

 ふたりが指定の場所に着いて装備の確認をし終わると、試合開始のサイレンがフィールドに鳴り響いた。

 しかし試合が始まったというのに、美久は心ここにあらずといったふうにぼんやりとしている。

 そんな美久を見て「大丈夫か」「どうしたんだ」と不安を隠せないチカ。「ガンボーイズを倒すために今日までくるしい特訓してきたんだろう?」

「うるさいわね、なんでもないわよっ!!」

「なんで、いきなり怒鳴るんだよ?」

 チカには彼女がいた。美久はそのことが急に腹立たしくなってきたのだ。

 美久は思った。

 べつにわたしとチカは恋人同士というわけでもない。だからチカに彼女がいたからといってわたしが怒る理由もない。それは頭ではわかっている。自分でも八つ当たりだということはわかっているけど、どうしてもこの気持ちが抑えられない。

「あ、おい! どこへ行く? 単独行動するな!」

 チカのとめる声を無視して美久は走り出す。とにかくチカのそばにいることがつらくなってきて、無鉄砲に走った。


    ◇


「ミク! 伏せて!」

 追いかけて来たチカが、女の言葉に戻って叫んだ。その声に美久は反射的にしゃがんだ。

 同時に美久の背後で何かが幹に当たり、はじける音がする。ふりむくと木の幹に青い染みができている。

 もうガンボーイズが狙ってきたの?

 美久がそんなことを思っていると、チカが「ぼーっとしていないで!」と叫びながら、弾(たま)が飛んできた方に向かって連射する。

「くそっ!」「ウッ!」「――全員当たりました」

 そういって木の陰に隠れていた三人の男が両手を上げてながら出てきた。彼らはそろって肩を落としながら残念そうにセーフティーゾーンに向かって歩いていった。

 ガンボーイズでなくてよかった。もしもガンボーイズだったらいくらチカでも対処できなかっただろう、と美久は思った。

「どうしたんだ変だぞ? いや、ここのところずっと変だったが今日はとくに変だ。ぼーっとしたり急に走り出したり」

「……」

 美久は返事をせずに黙り込んでしまった。

「本当におかしいぞお前」

 心の中で美久は考えた。

 そうだ今日のわたしはおかしい。ガンボーイズを倒さなくちゃならないっていうのに、何やっているんだろう。さっきだってチカが教えてくれなければ、弾をひとつも撃たないうちに退場になっていたはずだ。

「とにかく今日のお前は調子が悪いってことはだけはわかった」

 美久のふがいなさにあきれてチカが言う。

「俺がお前を死なせはしないから安心しろ。今日は俺が守ってやる」

 どきっ、と美久の心臓が跳ね上がる。

『俺が守ってやる』。

 その言葉が美久の胸に激しく響いた。

 美久はおどろいたようにチカの顔を見つめる。やっぱりきれいな顔をしている。俺が守ってやる……か。まるで騎士(ナイト)みたいだな、と見ほれる。

 が、すぐにそのナイトが守るべき相手は自分ではないことをすぐに思いだす。

「あなたはわたしよりも、もっと守るべき人がいるでしょ?」

 突然そう言い捨てると、美久はふたたびチカから逃げるように走り出だした。


    ◇


 一方、ガンボーイズはすでにいくつものグループを倒し、新しい獲物を求めてさまよっていた。

 そこに見覚えのある女――美久が走ってくるのが見えた。

「あいつ……」

 警戒しつつ歩いていたトサカが、いち早く美久の姿を見つける。

「たしかミクとかいう子だよ」

 遅れて美久の姿を見つけたムクが答える。

 チカのそばにいたくなくて夢中で走っていた美久も、敵がいることに気がつきあわてて足をとめた。

「ガンボーイズ……」

 見ればガンボーイズもチカのゴスロリ服に対抗したのか、全員が西部劇に出てくるガンマンのような服装できめていた。

「おまえミクとかいったか。まえに女がフィールドに来るなといったはずだよなあ」

 トサカが手に持ったワルサーP38を舐めながら、流し目でミクをにらむ。

 いつもの美久ならば強敵を相手に逃げ出そうとしたかもしれない。トサカは相変わらず変態だし。いくらリベンジに来たとはいえ、ひとりで、しかも正面からガンボーイズに対峙して勝てるとおもうほど自分の腕にうぬぼれてはいない。

 しかし今の美久はとてもいらだっていた。そのために彼らに向かって啖呵(たんか)を切った。

「うるさいわね! どこにいようがわたしの勝手でしょう!?」

「まだ調教がたりないようだな。そんならもう一度教えてやるまでだ。女じゃ男にかなわない、女など戦場に不要ってことをな!」

 トサカはそう言うと、ムクに「おい」と言う。

 声を掛けられたムクもこころえたもので、あうんの呼吸でホルスターから銃を取り出す。トサカとムクは息ぴったりに銃口を美久に向けた。

 次にリーダーが合図すれば一斉に射撃するところだったのだが、そこに美久を追いかけてきたチカの姿が彼らの目に入った。

「チッ、またあのゴスロリ女か!」

 リーダーが舌打ちをした。

「ゴスロリがいるとなると、ちょっとめんどうですね」

 トサカが言う。

「あの人、リーダーの次に強いよ」

 ムクが言う。

 動揺しているトサカとムクを見て、美久が自慢げに言う。

「そう! 今日は彼女と組んで参加したの。もう前回みたいにチームじゃないから勝ちじゃないなんて言わせないわよ!

 ちなみにチーム名はガンガールズ!」

「俺たちガンボーイズのぱくりじゃねえか!!」

 トサカがほえる。

「その上ダサい」

 いつの間にか美久のとなりに来ていたチカがつぶやく。

「うるさいわね!」

「ゴスロリ女と組んだところで、それでも三対二だ。しかもおまえは役立たず。相手になりそうなのはゴスロリ一人だけだ。実質三対一で、俺たちガンボーイズに勝てると思っているのか?」

 とトサカ。

「この前はそのゴスロリを着た女の人の奇襲に驚いて油断しただけ。もう、この前のようにはいかないからね」

 とムクが言う。

「ああ。俺たちは無敵だ」

 とリーダー。

「そうだ! 俺たちは無敵だ!」

 トサカとムクが声を合わせて復唱する。

 と、そこまで言ったところで、リーダーをかすめるように弾が飛んできた。

「チッ。俺としたことがゴスロリに気をとられて油断した!」

 そう言いながら、リーダーは弾が飛んできた方に睨みながら振り返る。

「そこにいるんだろう? 隠れていないで出てこいよ。

 俺たちがガンボーイズだとしっての狼藉(ろうぜき)だろうな」

 ガンボーイズと聞いたとたん、林の中から落ち葉を踏んで走り去っていく音がした。

 本当にガンボーイズだと知らなくて驚いて逃げ出したのか、あるいはガンボーイズと知っているから隠れたところから狙ったのか真相はわからないが、このフィールドでいちばん強いグループの逆鱗に触れたことは理解したようだ。

「邪魔が入った」

 そういうとリーダーはホルダーからデザートイーグルを取り出して、狙撃者の逃げていった方に走り出した。

「ガンボーイズを狙撃して置いて、逃げられるとおもうなよ!」

 巨大な体に似合わない反応の早さで、ムクも素早く狙撃者を追う。

「お前たちは後で倒してやるから楽しみにしていろよ!」

 残ったトサカは美久たちを指さしながらそう言った後、リーダーたちを追って走り出した。


    ◇


「ふぅ……」

 ガンボーイズがいなくなって、急に気の抜ける美久。おもわずその場に座り込んだ。

「チカぁ……怖かったぁ……。怖かったよぉ!」

 対峙してにらみ合っているときは緊張で感じていなかったが、ガンボーイズがいなくなったとたん溜まっていた震えが美久に襲いかかる。

「わかったわかった。だがここは戦場だ、気を抜くな。そんなんじゃガンボーイズどころかさっき狙撃してきたようなザコ敵にさえ倒されるぞ」

「わかってる……、わかっているんだけど……体が……」

 チカがそういったそばから、ふたたび枯れ葉を踏む音がする。

 チカが警戒して周囲を見渡すと、林の中から敵が現れた。ガンボーイズの時のように隠れて狙撃するのではなく、堂々と四人組が出て来る。おそらく美久たちがふたりなので、倍の人数がいることで力押しで攻めようということなのだろう。

 だが戦闘能力はチカのほうがはるかに上だった。美久を守りつつ、ひとりで四人を相手にするという不利な戦いだったが、結局チカは全部の敵を倒した。

 美久は四人組に襲われているときさえ、ぼんやりとしゃがんだままで戦力にならなかった。

「なあミク。たしかに俺が守るとは言ったが、敵に見つかったら避けるとか、身を守るとかしろよ。地面に体を伏せていてくれるのが一番いい。

 というか、今日のお前本当に変だぞ? ボーッとしてみたり、かと思えば急に怒鳴ってみたり、いきなり走り出したり。

 リーダーたちとの戦いに緊張しているのか? お前が戦力となるとは考えてないが、足手まといにはなるなよ」

「別に勝てなくてもいいじゃない……」

「ああ?」

 チカは美久の言葉に驚く。

「もういい。ガンボーイズに勝てなくてもいいよ……」

「なにいってんだ? 一緒にガンボーイズを倒すって約束しただろう。なんのために今日まで特訓してきたんだ? おまえあれほど雪辱を晴らしたいっていっていただろう。

 これだから女ってやつは、訳わかんねーんだよ」

 チカはため息混じりにことばを続ける。

「お前が何を考えているのか知らないが、お前を守る俺の身にもなってくれよ。今だって、俺が守ってやったから助かったものの……」

「だったら助けなきゃいいでしょ!? べつに守って欲しいだなんて、わたしは言っていない!」

「なんだと?」

「それにあなたには、わたしなんかよりも守るべき女性がいるじゃない!」

「お前の他に守る女? なんのことだ?」

「隠してもだめ。わたし知っているんだから! わたし見たんだから!」

「だからなんの話だよ? 見たってなにを? はっきり言えよ!」

「チカには大切な恋人がいるんでしょ! ナイトとしてその人をまもってあげればいいじゃない。

 学生街で見たんだから、チカと年上の女性といちゃいちゃしているところ!」