ガンガールズ

 作:JuJu




■第八章「トラップ」

 ガンボーイズとの戦いから一週間後の日曜日。正午にはまだ少し早い時間。

 美久(みく)は都内にあるJRの某駅に来ていた。改札口を抜け歩く人波にまぎれて歩く。

 駅から出てみたものの、行く当てを決めているわけではなかった。あてどなく歩いていると、気が付けば飲食街に来ていた。ここは近くにある大学の学生御用達の場らしく、日曜日だというのに多くの学生がたむろっている。彼らは全員が日本でもトップレベルの私立大学である大学の学生だろう。わたしの通っているような大学とは格が違う、美久は肩身の狭い思いをしながらそう思った。それでも学生街の猥雑とした雰囲気は美久の通う大学の学生街と似た雰囲気だと肌で感じ、それがすこしだけ気やすめになった。

 あれからインターネットでガンボーイズの情報を集めてみたものの、彼らをやりこめるだけの有用なものはなかった。マイナーな会場だから話題にならないのか、それとも彼らの報復を恐れて誰も書き込みをしないのかもしれない。

 ネットがだめならば自分の足で情報を集めるしかない。美久はガンボーイズのことは思い出したくないという友人の麻由莉(まゆり)から、リベンジをするためだからと頼み込んで、どうにか彼らがこの大学のの学生らしいという話を聞き出した。そのうわさをたよりに、大学の付近まで来てみたのだ。

 しかしここに来てみて、現実のきびしさを思い知らされた。

「馬鹿みたい。あいつらが本当にここの大学生だとしても、大学の周辺を歩いただけで情報が集まるはずがないじゃない」

 こうしていてもガンボーイズのやつらを見かけるどころか、情報のひとつもありそうにもない。

 美久があきらめて家に帰ろうときびすを返したその時だった。堂々とした足取りで飲食街を歩いてくるゴシックロリータを着た女性を目撃した。

「あっ……。あのときガンスポで助けてくれた人だ」

 ゴスロリ姿はガンスポのフィールドでも目立っていたが、街中でもやはり目立っている。

「あの衣装ってガンスポをする時のコスプレじゃなくて、普段から着ているんだ……」

 通りにいる学生たちは、日本人特有の奥ゆかしさか、それとも学生街という法治外地域のためコスプレなど珍しくないためか、彼女に感心のないふりをしているようだった。

 美久もさすがに知り合いだと思われるのは恥ずかしいので見つからないようにそっと逃げだそうとしたが、急に彼女を見てこの前の大会で助けてもらったことを思い出す。それに賞金のお礼だってまだ言っていない。

 ガンボーイズでさえ彼女の衣装に驚いていたということは、あれがゴスロリにとって初めてのガンスポに違いない。あんな姿でガンスポをやっていればうわさになるはずだからだ。ガンスポが初めてであれだけの腕前ということは、もしかしたら普段はサバイバル・ゲームをしている人で、このまえは気まぐれで一回だけ試しにガンスポで遊んでみたのかもしれない。そうだとしたらもうガンスポに来ないかもしれない。そうじゃないとしてもガンスポの試合会場は複数あるらしいし、同じフィールドでまた会えるとは限らない。

 この場を逃したらまた会える機会はないかもしれない。機会があるときにお礼はきっちり言わないと。

 葛藤の末、人としてお礼くらいはいわなければという考えが、道の真ん中でゴスロリを着て歩いている変人との知り合いだと見られてしまう恥ずかしさを上回ることになった。

 義務感に追い立てられた美久は、羞恥心にあらがいながらゴスロリに近づく。

 まわりにいる学生たちは、ゴスロリに向かって一直線に歩く美久を見て見ぬ振りをしているようだった。

 美久はゴスロリの前に立った。うわずった声で言う。

「こ、こんにちは!」

「?」

 ゴスロリは怪訝(けげん)そうな表情で美久をにらむ。

「こ、この前は賞金ありがとうございました。ほら、ガン・スポーツで! あの時に会ったでしょう?」

「ああ……」

 ようやく合点がいったようで、ようやくゴスロリの表情からとげとげしさが消える。

「あの時のお礼か言いたくて」

「気にしなくてもいいのに……」

 ゴスロリは興味なさそうに言う。

「そうはいきませんよ、あらためてありがとうございました」

 美久はペコリと頭を下げてから、話をつづける。

「それであの時の賞金でガンスポ用の銃を購入したんですよ。ネット通販で。ベレッタの――」

「用はそれだけ? じゃ、あたし行くわね」

 ゴスロリは美久が話している最中で言葉をさえぎると、用事はすでに済んだといわんばかりに彼女を無視して歩き始めた。

 ところがしばらく歩いた所で立ち止まると、ゴスロリは振り返ってあわてて引き返してくる。

 ゴスロリは前傾姿勢になって顔を突きだして美久を凝視した。

「そうだ! ちょっと顔を貸してくれないかしら? あなたに聞いてもらいたい話があるの。ここじゃ話せないから移動しましょう。ついて来て!!」

 ゴスロリは美久の返事も待たず、いきなり彼女の腕をとって引っ張る。

 急なできごとに対処ができず、されるがままに連行される美久。その時偶然にゴスロリの胸がふたたび美久の腕に当たる。その大きな胸の感触から、やはり詰め物などではないと美久は再確認してしまう。つつましやかな胸の持ち主である美久はそのことにふたたび劣等感を持った。


    ◇


 美久がゴスロリの後について来た場所は、いかにも高級なマンションといった建物の入口だった。ゴスロリはとまどいもなく、高級マンションの中に入るとエレベーターに向かった。美久もとまどいながら後を追う。

 最上階につくと、ゴスロリは自分の住居らしい扉を開けて、ひとりで中に入ってしまう。

 玄関にとり残された美久は、おそるおそる開けたままの扉から中を覗く。部屋の中は考えていたよりも質素で、生活をするために必要最低限の物しか置かれていない。それでも美久のような庶民にもわかるほど、地味ながらも高級そうな家具が並んでいた。

 さすがに部屋にはいると監禁されてしまうのではないかと不安になり、美久はドアの前から足を進めようとはしない。

「どうした? 何もしないから中に入れよ。

 ここは俺の部屋だから大丈夫だ。もっとも今は、俺がいないあいだは女性に貸しているって設定になっているが」

 いきなり男のような言葉遣いになったゴスロリが言う。美久はそのことに疑問をもったものの、これが彼女の本来のしゃべり方なのかもしれないと納得した。人前では猫をかぶって女性らしい演技をしていたのに違いない。

 とにかく部屋に入らなければ始まらない。美久は腹をくくって玄関に足を踏み入れた。

「ドクペでいいか。俺も前は好きでよく飲んでいたんだが、今はドクペの薬品臭さを体が受けつけなくて買い置きがあまってるんだ」

 美久が部屋に入って来たことを確認すると、ゴスロリは台所でおぼんを手に取り、そこに一個のコップを載せた。次に部屋に置かれた小型の冷蔵庫から、ドクダー・ペッパーと、小さなペットボトル入りの午前の紅茶・無糖を取り出す。

「好きなところに座ってくれ」

 そう言われた美久は、部屋の真ん中にある座卓で正座をした。

「そういえば髪を切ったのか? 俺は前のポニーテールより、今のショートカットの方が好きだな。活発なおまえの性格ににあっている」

 ゴスロリの「好き」とか「にあっている」とかいう言葉に、美久の胸がどきんと鳴った。

 なに意識しているのよ、女同士なのに。そりゃあ、こんなきれいな人に髪型が好きだなんて言われたら嬉しいけれど、好きだって言ったのはわたしじゃなくて髪型のことなんだし、と美久は思った。

 コップとドクペと紅茶が置かれたお盆が、座卓の上に置かれた。

 ゴスロリはあぐらをかいて美久の前に座った。

「お構いなく。それよりも、賞金をありがとうございます」

 美久は居住まいを正すと、おじぎをした。

「だから、気にしなくていいから」

 めんどくさそうに言うと、ゴスロリはペットボトルの紅茶に口をつけて、ごくごくとノドを動かして飲み始める。見る見る間に一気に半分ほど飲んでしまった。

 このままでは進展がないと観念した美久も、しかたなくよく冷えたドクペの缶のふたを開けてコップに注ぎ一口だけ飲む。

「そんなことより、俺の話を聞いてくれ。そのために俺の部屋まで連れてきたんだ。

 ……とは言ったものの、どこから話せばいいかな。

 まず、最も重要なことから先に言うか。

 俺の正体はガンボーイズのチカだ。

 以前背中にガンを押しつけたから覚えているだろう?」

 あの日のことは忘れるはずがない。思い出そうとしなくても勝手に脳裏に浮かぶくらいだ。初めてガンスポをしたあの日。あの男はわたしの背中に銃を突きつけた。仲間が彼のことをチカと呼んでいたのも憶えている、と美久は思った。

「でもあなた、女性じゃないですか。

 それにチカは、ローマ時代の遺跡の発掘をするためにイタリアに行っているとリーダーたちが言っていましたよ?」

 チカは女顔をして体の線も細く、確かに女性と見まごうような容姿だったが、間違いなく男だった。

 今目の前にいる彼女が女装をしているチカだとはとうてい考えられなかった。身長こそチカと同じくらいだったが、声だって女性の高い声だし、どこからどうみても素敵な女性だ。だいたいさっきここに連れてこられるときに当たった胸は本物の女性の胸だった。

 しかし彼女は自分の正体は男のチカだといった。いったい目の前の女性はなにをいっているのだろう。

 それにチカがわたしに銃を突きつけたことをどうして知っているのか。わたしが以前ポニーテールにしていたことも知っているし、あの日隠れてどこかから見ていたのだろうか? いや、さすがにゴスロリ姿でフィールドにいれば目立ってしまい話題になるはずだ。

 ではあの日はゴスロリを着ていなかったとか?

 憶測が憶測を呼び、それらが美久の頭の中でグルグルとまわる。

「まっ、それが当然の反応だよな。

 だけど俺の顔をよく見てくれ。ガンボーイズにバレたくないから厚く化粧をしているが、化粧を落とすと男の時の俺だとわかるはずだ。体つきはすっかり女になったが顔はあまり変化がなかったからな」

 ゴスロリに言われて美久は彼女のの顔を見つめた。あらためてよく見ると、目などは化粧で大きく見せているが、チカの面影があるかもしれない。それにいつも仏頂面なのはチカと同じだ。

 美久は女でありながら、化粧で女が化けるということをあらためて思い知った。それに体つきは華奢な女の体になっているので、化粧をしていれば誰もチカだなんて想像もつかないだろう。

 だからといって彼女が男のチカだというのは、どう考えても信じられなかったが。