ガンガールズ

 作:JuJu




■第七章「ゴスロリ参戦」

「あの服ってゴスロリとかいう奴だよな……」

 トサカが言う。

「ゴスロリなんてリアルで初めて見た……」

 ムクが言う。

「見かけない顔だな」

 リーダーが言う。

「顔なんて見なくても、あんなすごい服を着ていたら忘れないよ」

 ムクが返す。

 ゴシックロリータ。通称ゴスロリ。

 黒を基調としたドレスやアクセサリー小物を付けた服装は、ドラマなどで見たことがあっても、現実に目にしたのは美久(みく)も初めてだった。

 つやのある真っ直ぐで長い黒髪。ミニハットと呼ばれる極小さなシルクハット。編み上げの厚底のブーツ。ゴテゴテとした過剰な装飾のドレス。そしてそのすべてが黒一色で統一されている。真っ白できめの細かい肌も相まって、いっそ、その正体は西洋人形だといったほうがしっくりとくる。

 背は女性としてはかなり高くてリーダーよりわずかに低いくらい。年齢もわたしよりもわずかに上だろうか。ファッションモデルのような大人びた美人だ。

 そのゴスロリがいきなり現れ、いまやガンボーイズの正面で仁王立ちをしている。ゴシックロリータを着た女の登場に、ガンボーイズの面々はすっかりあっけにとられていた。

 まあ無理もないか。わたしだってどぎもを抜かれたし。

 美久はそんなことを思った。

 ガンボーイズも彼女のことを初めて見たといっているから、まちがいなくこのフィールドに来たのは初めてだろう。あんなハデなかっこうをしていれば噂にならないはずがない。

「ガンボーイズ! あたしと勝負しなさい!」

 もしかして稀少な同じ女の参加者が、男たちに襲われているところを見かけて助けにきてくれたのだろうか。気持ちはありがたい。だけど相手が悪い。正面から正々堂々と立ち向かうその姿勢は立派だけど、相手はガンスポ界のプリンスと言われるガンボーイズ。女のかなう相手ではない。

「逃げて! 殺される!」

 美久はゴスロリに駆けよると、彼女の腕をつかんでごういんにガンボーイズのそばから離れた。走りながら偶然、彼女の胸が美久の腕に当たる。間違いなく女だった。この感触は詰め物をしていない。女だから偽物は分かる。くやしいがわたしよりもずっと大きい。美久は敗北感を感じた。

「離して! わたしはガンボーイズを倒しに来たんだから。あなたも女性や初心者を潰すガンボーイズはゆるせないと思わないの!?」

 そういうとゴスロリは美久の手を振りきり、その場所で立ちどまると振り向いて、遠くに見えるガンボーイズたちを見すえた。

 ゴスロリはガンボーイズから目を離さずに、美久に話しかける。

「あなた、パートナーはやられちゃったの?」

「今日はひとりで来たんです」

「わたしもひとりよ。だったらわたしたちで仮のチームを組みましょう! あなたも銃を構えて! ふたりで女の敵を倒すのよ!」

「う……うん」

 逆に今度は、美久がゴスロリに腕を引かれながら走る番だった。

 ゴスロリのあまりの迫力に、美久はいわれるがままに引き返して、ガンボーイズに近づいたところで立ちどまる。

 ようやくガンボーイズも驚きのための硬直から抜け出したらしく、リーダーは苦笑しながら、手下たちはあきれかえった表情を隠さずにゴスロリを見ていた。

 リーダーが全員に目くばせを送ってから、あごをわずかにしゃくってゴスロリを指した。同時にガンボーイズの銃口がすべてゴスロリに合わせられる。ガンボーイズは美久を無視して全員でゴスロリを相手にすることに決めたらしい。

 ガンボーイズが銃の引き金に指を掛けようとする。

 その瞬間、ゴスロリはスカートを掴むとまくり上げ、太ももに巻いているホルスターからガバメントを抜き取り、引き金をつづけて二度引いた。この間、わずか一秒。

「痛てっ!」

「あいたっ!」

 トサカとムクが続けて悲鳴を上げる。彼らの手はインクで染まっていた。


    ◇


「あとはあなただけよ!」

「ほう? なかなかやるじゃないか!」

 ゴスロリとリーダーの一騎打ちになる。

 ふたりは拳銃をいったんホルスターに戻すと、西部劇の早撃ちの試合のように向かい合った。

 ゴスロリの手が先に動いた。その手は早い。

 しかしそれ以上にリーダーの撃つ手が早かった。

 このままではゴスロリの方が先に弾(たま)に当たる。

 だがそこに美久が立ちふさがった。ゴスロリの前に立って壁となり、美久の胸に青いインクが飛び散る。

「あなた!?」

 ゴスロリが叫ぶ。

「撃って! リーダーを撃って!」

 美久が叫ぶ。

 ゴスロリがリーダーを見れば、彼は弾を避けていた。弾をほおにかすらせてはいたが、インクが破裂していないので当たったことにはならない。

 ゴスロリはこの機を逃さず、二発目の弾をリーダーに向けた。

 今度はリーダーの手に玉が命中して青いインクが飛び散る。

 美久はガンボーイズたちのほうに向き直ると、啖呵(たんか)を切った。

「これでガンボーイズは全員死亡。対してわたしたちは一人生き残った。わたしたちの勝ち。

 ガンボーイズ、さっさとセーフティーゾーンに行きなさい!」

「くそっ、調子にのりやがって!」

 勝負を観戦していたトサカは不服そうだ。そんなトサカをムクがなだめる。

「ゾンビをする(撃たれことをごまかして、試合を続行すること)のはガンボーイズの名に恥じるからね。ここは言うとおりにしよう」

 トサカは自分の手に残るインク跡という隠しようのない証拠をいまいましそうに見つめていたが、しぶしぶうなづいた。

 そこにリーダーの低い声が響く。

「いいや、俺たちの敗北ではない。

 見たところ、おまえたちはふたりともソロの参加だろう。そうだとすれば、試合開始時にふたり組のチームとしてエントリーしていない以上、共闘による勝ちは認められない」

「そ、そうだ! チームとしてエントリーしていないんじゃインチキだ」

「うん、リーダーの言うとおりだよ! 今回はひきわけだ!」

 しょんぼりしていたトサカとムクが、リーダーの言葉に急に息を吹き返す。

「共闘のどこがいけないっていうのよ!

 男ならば男らしく、負けを認めなさいよ!」

 美久が抗議をするが、それをゴスロリがそれをさえぎる。

「そうね。たしかにあたしたちはお互いソロとして参加した者同士が同盟を組んだようなもので、チームとして勝ったわけじゃない。今日のところはそういうことにしておいてあげるわ」

「えー? あんな屁理屈を認めるんですか?」

 美久が不満の声を上げる。

「戦いは引き分けだ! その代わり賞金はくれてやる」

 リーダーが結論づけるように言う。

「うー」

 美久は不平のうなり声を上げてくやしがったが、ゴスロリがいなければ確実に負けていた。救ってくれたゴスロリが認めるのであれはしかたがない。

 当てられた弾も今回は普通の公式の弾だ。しばらくすればあとかたもなく消えるだろう。

 それにどんなかたちにせよガンボーイズに一矢報いるという、今日試合に参加した目的はどうにか果たせたんだし。優勝賞金だってもらえる。それで妥協しよう。

 と美久は気を取り直すことにした。

「お前たち、行くぞ」

 リーダーが背を向けて歩き出と、配下の者たちも追うように歩き出す。

 すこし歩いたところで、トサカがはたち止まって振り返る。

「あれがゴスロリなら、童顔のお前はブスロリだな」

 捨てぜりふのつもりなのか、トサカが美久に向かって言う。

「よけいな口をたたくな」

 リーダーも立ち止まってとがめる。

「でも、けっこう面白いかも」

 ムクも立ち止まっていう。

「そうだろ? 的(まと)を得ているだろ?」

 トサカが言う。

(それをいうなら『的を射ている』だ、バカ!)

 美久は心の中で抗議する。

「それをいうなら『的を射ている』よ!」

 ゴスロリが言う。

「なっ! そ、そんなことはどうでもいいだろう!」

 トサカが顔を赤くしながら言う。

 ゴスロリさん、よく言った! ザマーミロ! これで溜飲が下がった。

 それにしても真っ赤になったトサカって子供っぽくてちょっとだけかわいいかも。って、わたしはなにを思っているんだ。どんなに美形でも相手は敵!

「ゴスロリ、お前のことは覚えておくぜ」

 リーダーの余裕のある笑顔を残して、今度こそガンボーイズは去っていった。

 その目はおもしろいおもちゃを見つけた子供の目だった。どうやら美久からゴスロリに標的を変えたようだ。


    ◇


 美久とゴスロリは並んで受付に向かって歩いていた。

「あの……。とんでもないやつらに目を付けられましたね」

「ガンボーイズのこと? 関係ないわ」

 ゴスロリは余裕を見せる。

 だが美久はそこまで楽観的には考えられなかった。今回はガンボーイズが彼女の着ているゴスロリ姿に目を奪われたことで有利に試合が進んだが、次からは通用しないだろう。

 彼女がガンボーイズのリーダーにに匹敵する実力があることは、さっきの戦いを見ていてわかった。それでも三対一では絶対的に不利だ。

 でもわたしが彼女とチームが組めたら。大した戦力にはならないかもしれないけれど、それでもいないよりはましなはずだ。わたしも彼女のような腕のある人が一緒ならばとても心強い。

 それにわたしももっとガンスポがしたい。マユがいないいま、どうしても新しい仲間が欲しい。

 仲間はできれば女性がいい。なぜならばガンボーイズと対抗するには女性だけのチームでなければならないからだ。とはいえ、女でガンスポをしている人は稀(まれ)らしい。

 考えれば考えるほど、パートナーにするならば彼女しかいないと美久は思った。

 問題は彼女が試合にゴスロリを着てくるような、いわゆる痛い人だということだ。

 以前インターネットで調べたところ、サバイバル・ゲームの世界でならば、ウケを狙ってコスプレをしてくる人は少なくないらしい。さすがにゴスロリを着てくるような強者はいないが、それでもルパン三世と銭形警部のコスプレのコンビや、黒いスーツにサングラスに角刈りという西部警察のコスプレをしている人もいるとネットで見た。西部警察の人は芝とはいえ革靴で戦争は大変だろうと思っていたら、なんとスニーカーを革靴っぽく改造していたのには感心した。

 しかしガンボーイズが驚いていたように、ガンスポの世界でコスプレをする者はほとんどいないのだろう。ましてやゴスロリである。

 どうしたものかと悩みながら歩いていると、気がつけばシャワー室の前に来ていた。入り口の張り紙を見るとちょうど女性が使える時間になってた。シャワーは男女で時間単位で交代になっている。美久たち女性が参加するというので、女性も使えるように運営側が考慮してくれているのだ。

「せっかくだしシャワーを借りていきましょう。やっぱり汗かいちゃうし。インクも早く落とせるし」

 美久が誘う。

 それを聞いたゴスロリは、慌てたようにいう。

「あっ、ごめんなさい。教授との約束を思い出したの。ここでお別れね。

 試合の賞金は全部あなたにあげるわ!! 受け取っておいて!」

「え? じゃあ賞金は、次にあった時に半分渡します」

「いいわよ、興味ないもの。今日はガンボーイズを倒すのが目的に参加したから、賞金は全部あなたにあげる。

 そうそう。それから帰ったらストレッチと筋肉をマッサージしておくことをわすれないように!」

「え? でも……。あ、ちょっと……」

 美久が返事をする時間も与えずに、彼女は逃げるようにどこかに去っていてしまった。

 しかたがないので、美久はひとりでシャワーを浴びることにする。

 彼女、急にあわてたように見えたけれど、いったいなんだったんだろう。

 温かいシャワーを浴びながら美久は考える。

 教授との約束ってことは、彼女は大学生か大学院生なのかな?

 ――あ、賞金をもらったお礼を言うのを忘れた!