ガンガールズ

 作:JuJu




■第六章「戦闘開始」

 次の日曜日。

 美久(みく)はひとりでフィールドに来ていた。

 受付を済ませた美久がフィールドに出て見渡すと、参加者たちは芝生の広がる入り口そばの大広場に散らばっていた。ドリンクを飲んで仲間と談笑をしてくつろいだり、銃の手入れや装備の確認などの念入りに試合の準備をしたり、円陣を組んでむずかしい表情をして作戦を練っていたりとさまざまだ。もちろん参加者のすべてがここにいるけではない。すでにフィールドの出発地点に向かった参加者もいる。

 ガンスポは複数の人がグループを作って参加するのが基本となっているため、見渡す限りではひとりで参加するのは見たところ美久だけのようだ。

「はあ……やっぱりソロはわたしだけか。まっ当然か、わたしだって好きでひとりなわけじゃないし」

 美久がため息をつきながら受付で自分に与えられた始発点に向かって歩いていると、偶然あの男たちのグループを見かけて思わず立ち止まる。忘れもしない、ガンボーイズだ。

 やっぱり今日も来ていた、と美久は思った。このフィールドに良く来ているという麻由莉(まゆり)の情報は正しかった。

 しかしよく見ると、前は四人いたはずなのに今日は三人しかいない。長髪で無気力なチカがいないのだ。都合がつかなかったのだろうか。

 そんなことを考えながら美久がガンボーイズを見ていると、相手も彼女に気がついたらしく美久に向かって歩いてきて話しかけてくる。

「誰かと思えばまたお前か。

 よく懲りずにふたたび来たな。その勇敢さだけはほめてやろう」

 モヒカン赤く染めた、通称トサカが言う。

 RPGゲームのラスボスのようなことを言うやつだ。まあこのフィールドでは、あいつらはラスボスと呼んでも妥当かもしれないけれど、と美久は思った。

「ああ、あの時の子か。髪を短くしたから分からなかったよ。せっかくだけど、このまま帰ったほうが身のためだよ」

 むくむくした大型犬をほうふつとさせるムクはそういった。

「前回警告したはずだ。ガンスポは男の戦場だ、女ではどうせあがいても身体能力の差で相手にならない。痛い目にあわないうちに帰るんだな」

 最後に美形だけどいかめしい顔つきをしたガンボーイズのリーダーが言う。

「帰らないわよ! 今日はあんたたちを倒すために来たんだから!」

「ほう? 威勢がいいな。その威勢が試合終了までつづけばいいがな。

 ところでもう一人はどうした?」

 リーダーが言う。

「今日はひとりよ。悪い?」

「ひとりだけで俺たちガンボーイズを倒そうとはな」

「しかたないでしょ! マユはもうガンスポには関わりたくないっていってるし!」

「根性のない奴ぅ」

 トサカが言う。

「マユがやめたのは、あんたたちのせいじゃない!

 だいたいそういうあんたたちだって、今日は三人しかいないじゃないの。もうひとりの髪の長いのはどうしたのよ? あのやる気のなさそうな奴」

「チカのことだね? 大学のバイトで今日はいないよ」

 ムクが答えた。

「彼は大学教授の依頼で、現在イタリアにいる。古代遺跡の発掘調査の手伝をしているのだそうだ」

 リーダーが言う。

「携帯の電波も届かない、ネットも通じない、それどころか固定電話さえない、マジで岩しかない場所で、飲まず食わずで一日中穴を掘りつづけるんだと。
 今頃は汗だくになりながら、こき使われているんじゃね?
 いつ日本に戻れるかも分からないっていうし、そんなめんどくさそうなの断ればいいのに、まったくチカも変わり者だよな」

 トサカがあきれたように言う。

「なんでも頼まれた教授には頭が上がらないそうだよ。だから断りきれなかったんだって」

 ムクが言う。

「ふーん。教授ねぇ」

 トサカが言う。

「今はここにいない奴のことなんてどうでもいい。

 間もなく試合開始だ。お前たち、指定された場所に向かうぞ」

 リーダーが歩き出すと、取り巻きのふたりも後を追って歩き出した。


    ◇


 ガンボーイズの姿が見えなくなるのと同時に、美久の足が震えだした。

「……こ、こわかったぁ」

 男たち三人を相手に女の子ひとりで対抗していたのだ。緊張が解けたいま、体に震えが来るのも無理はなかった。

「だめだめ! こんな弱気じゃあいつらを倒せない! マユと、なによりわたしのために、勝てないまでもせめて一矢むくいるんだ!」

 短くなった髪の先に触れて気合いを入れ直し、美久はあらためて出発点に向かって歩き出した。


    ◇


 試合開始のサイレンが鳴る。美久の目的は打倒ガンボーイズただひとつ。リベンジを果たすこと。

 そのためガンボーイズ以外の人と戦うことは、今の美久にとって意味をもたない。しかも戦闘に不利なソロプレイヤーだ。そこで彼女は敵に遭遇しないように警戒しながらガンボーイズを探すことにした。身を隠す所がない場所も多く、広いフィールドを身をひそめつつ移動するのはなかなか困難で、時間だけが過ぎていく。


    ◇


「誰だ!?」

 美久が林に隠れながら移動しているとき、とつぜん男があらわれた。

 美久はあわててベレッタを構え遭遇した男をねらい撃とうとしたが、その前に次々と木の後ろから男たちが出てきて、遠くから美久を取り囲んだ。

 全員お揃いの全身迷彩柄の服に身を包み、ポケットがいっぱい付いているベストを着ている。頭は迷彩柄の帽子やヘルメットをかぶり、顔も黒い布で覆って目だけを出していて、テレビニュースでみた砂漠の国の兵士みたいだと美久は思った。

 どうやら彼らは木々に身を隠してひたすら待ち、やってきた敵を一斉に取り囲むという戦法らしい。

 美久を囲む男たちの数は八人。それらが彼女を円形に包囲している。文字どおり八方ふさがりに陥った。

「銃を遠くに捨てて両手を上げろ!」

 先ほど遭遇した男が言う。

 美久は仕方なく、銃を捨てると両手を上げた。

 囲んでいる男たちは銃を構えたまま円を縮めるようにゆっくりと美久の元に集まってくる。

「女!?」

「女性がガンスポをするなんてめずらしいね」

 自分たちの相手が女だと知って、急に男たちの緊張が解ける。

「お願い見逃して! あなたたちがここで待ち伏せをしていることは絶対に言わないから!」

 さきほど銃を捨てるように命令した男に向かって、お願いをする美久。こんなところで殺されたら、ガンボーイズに戦いを挑む前にゲームが終わってしまう。

「うーん。どうするみんな?」

 お願いされた男が、他のメンバーに問う。

「俺としては、女の子はあまり殺したくないんだけど」

「女性の参加者を増やすためには、ガンスポに良い印象をのこしたい所だな」

 そんな感じで、しばらく仲間同士で話し合いがつづいた。

「じゃあ。今回は見逃すってことでいいかな」

 話し合いの最後にさっきの男が問うと、全員一致で賛成という声があがり頷き合う。

 それを聞いて気の変わらないうちにと思い、美久は「ありがとう!」と言うと、この場所から走って離れた。

 敵チームから離れながら(わたしが女だから手加減してくれたんだな)と美久は思った。『女だからって、手加減してもらえるとは考えるな』というガンボーイズの発言を思い出してちょっと腹が立ったが、今回ばかりは女であることが有利に働いてよかったと思った。


    ◇


 ふたたび隠れながら動き回り、美久はついに赤いモヒカン頭が目立つトサカを発見した。

 あれほどあちらこちらで聞こえていた戦闘音も、気がつけばすっかり消えていた。大半はガンボーイズが倒したのかもしれないと美久は推測する。まったく腹立たしいが、腕前はメジャーという大きい試合でも優勝を狙えると麻由莉から聞いている。こんなマイナーと呼ばれる小さな試合に来るような敵など相手ではないのだろう。

 雑草が生い茂る区画で美久が伏せながら様子をうかがうと、ガンボーイズは敵と戦っているのが見えた。さすがに終盤まで生き抜いた相手だけあって倒すのに手こずっているらしい。

 おそらくいま戦っているのが、自分を除いた最後の参加者だろう。美久は状況からそう推測する。

 わたしがここにいることをガンボーイズは知らないはずだ。しかもガンボーイズは目の前の敵に意識を集中している。にっくきガンボーイズを倒すなら今しかない。

 そう考えた美久はガンボーイズに見つからないように、木や草に隠れてうしろからこっそりと近づく。残党狩りに夢中になっているガンボーイズを背後から狙う作戦だ。

 ついにガンボーイズのリーダーにまで距離二十メートルくらいまで近づいた。

 チャンスは一度っきり。でも弾(たま)が体のどこにでも一発さえ当たれば相手を倒せるのがガンスポのルールだ。

 美久は木の陰に隠れながら、ホルダーからベレッタを取り出す。リーダーを狙った。射的場でお兄さんから受けた撃ち方を思い出しながら拳銃を構える。両手でしっかりと銃を持つ。腕を前に出し、伸びきらないところで止める。銃の上に付いている出っ張り……照星(フロントサイト)と照門(リアサイト)を見ながらしっかりと標準を合わせる。あとは引き金を引くだけだ。

 そこまでの動作をしたところで、美久は異変に気が付いた。記憶をたどりって銃を構えることに夢中になっていたので気が付かなかったのだ。

「……あれ? いるのはリーダーとムクだけ? もうひとりはどこにいったの?」

「もしかして、俺のことかぁ?」

 背後から男の声がする。ベレッタをリーダーに向けたまま振り向くと、そこに真っ赤なモヒカン頭が目に入った。ガンボーイズのひとり、トサカだ。

「お前なぁ。後ろから狙うなんて、フェアじゃないよなぁ」

 自分だってわたしの後ろから襲ってきたじゃない、と美久は心の中で反論した。たしかに先に仕掛けたのはわたしだけど。

「おーまーえーを油断させるために、わざと隙を見せていたの気が付かなかったのかぁ?」

 これには美久も驚かざるえなかった。ガンボーイズは目の前の敵に夢中になって、わたしには気が付いていないと思っていたのに。それらはわたしを油断させる演技だったのだ。

 ふたたびリーダーのいる方に向くと、リーダーとムクが美久に向かって銃口を向けていた。戦っていた最後の敵も倒してしまったらしい。

「――チェックメイトだ」

 渋い声でリーダーが言う。チェックメイトなんて、本来ならバカバカしくて吹き出してしまうようなセリフだが、上等なジャケットを着て美形で背も高い彼が言うとやたら絵になるのだから憎たらしい。

 美久は銃を持ったまま両手を後頭部に当てて、降参をしめす。

 やはりガンボーイズの言うとおり、女の身体能力では男には敵わないということなのか。才能・経験・運・知識。勝敗にはさまざまな要素があるのだろうけれど、ただ女ってだけで勝てないのは本当にくやしい!

 ――その時だった。

「まだまだぁーっ!!」

 甲高い女性の声があたりに響き渡った。

 おどろいた美久が声のした方を見ると、ゴスロリを着た背の高い女性が見えた。

「あきらめるのはまだ早いわよーっ!! 勝負は死ぬまでわからないんだからーっ!!」

 女性は声をあげながら、こちらに向かって走ってくる。