ガンガールズ 作:JuJu ■第五章「試合開始」 「なあ、おまえら。どうせトイガンだし、撃たれたところでセーフティーゾーンにいけばいいだけだとか考えているんだろう? そんな甘っちょろいやつがいるから、俺たちもこんな弾を使わないとならないんだよなぁ。もちろん覚悟はできているんだよな?」 トサカが美久(みく)に向かってワルサーを見せびらかしながら言う。 ここで美久は、彼らが弾(たま)のカートリッジを交換していたことを思い出した。頭に血が上りそのことをすっかり忘れていたのだ。 どうしてそんな大切なことを忘れていたんだろう。 美久は今更ながら後悔するが、すでにおそい。 入れ替えた弾がどんなものかはわからないが、ガンボーイズの言葉通りならば、あれがただの弾ではあるはずがない。 「ガンスポでは改造銃は使用禁止でしょ!?」 美久はせめてもの抵抗として抗議する。 「だから俺たちは銃本体の改造なんてしていないぜぇ? それにちゃんと公式弾(ファクトリーロード)も使っている。 ――ただし弾の中身が、ちょーっとだけ違うだけどなぁ」 トサカがいやらしく笑う。 「それを改造銃っていうのよ!」 美久は思った。 改造された弾とはいえトイガンで発射される弾ならばさすがに死ぬことはないだろうが、ガンボーイズだってほこりがあるだろう。当たればただで済むともおもえない。 「やれ」 リーダーが言う。 チカはあいかわらず傍観しているだけだが、残りのトサカとムクはリーダーの一声で美久と麻由莉に一斉射撃を始めた。 美久は自分と麻由莉の身体に弾丸が当たり、破裂してインクが飛び散るのを見た。 なんだ。いかにも意味ありげなことを言っていたから殺傷能力のある弾だと思っていたのに、普通のガンスポの弾じゃない。考えてみれば当然か。いくらガンボーイズとはいえ、スポーツで故意に人の身体を傷つければ問題になるはずだものね。あれは全部、わたしたちを脅すためのハッタリだったんだ。 ガンボーイズの意味ありげな行動に動揺していた美久だったが、彼らが撃ってくるのがただのインク弾だと知り動揺が収まった。 安心すると同時に、美久は自分の手に握られているベレッタの感触を思い出した。 そうだ。わたしにだって彼らと同じ武器があるんだ。 ガンスポに慣れている彼らと違い、わたしはおもちゃとはいえ銃なんて握ったのは初めてだ。それでも訓練場ではあんなに上手に弾を的(まと)に当てたではないか。ただでやられはしない。わたしだって打ち返してやる! 勇気と自信を取り戻した美久はガンボーイズたちに狙いをさだめた。 「見てなさい! ただじゃやられないんだから!」 美久は夢中でベレッタを発射した。弾がなくなれば、腰に付けたマガジンポーチから予備のカートリッジと交換してさらに撃ち続けた。 せめて一発くらいは当てたい。そう願う美久だったが、ガンボーイズの動きは全国大会でも優勝が狙えるという噂を証明するように早かった。美久がガンボーイズを狙う物のちっとも当たらない。美久は射的場の止まっている的と動き回る的では、ぜんぜん違うことを痛感する。反面ガンボーイズは美久たちを狙って的確に撃ってくる。 「痛(いた)っ!」 美久が叫ぶ。 「キャッ!」 麻由莉も叫ぶ。 さけようがよけようが、ガンボーイズたちは確実に当ててくる。いつの間にかベレッタを持っている美久の手はだらりと垂れ下がり、頭はうつむき、弾が当たるのを甘んじているようになった。 なんだ、こいつら本当にうまいんじゃない。これがガンボーイズとわたしの実力の差なんだ。 美久は髪や服や顔をインクで染めながら、まるで人ごとのようにぼんやりとそんなこと考えていた。 ようやく弾の嵐が去ったときには、美久も麻由莉も全身インクだらけになっていた。 しかもレンタルだとわかるようにマーキングされてるい銃だけは、インクがかからないように外しているという器用さだ。 「大丈夫。インク弾は一時間位すれば自然に消えるってお兄さんが言っていたし」 美久は自分と麻由莉に言い聞かせるように言った。麻由莉からの返事はなかった。 「ええーと……それはどうかな?」 美久の声を聞いていたムクが言う。 「え? どういうこと?」 嫌な予感が美久を襲う。 「まあ、楽しみにしているんだな。 俺たちの弾でそうなったって証拠がないからなあ。ガンを持っているのなんて試合をしている奴ら全員なんだし」 トサカはそういってカートリッジをふたたび入れ替える。証拠隠滅のために公式の弾に戻したのだろうと美久は思った。 「あ、ちなみに運営に言ってもむだだよ?」 ムクが言う。 「他の参加者もビビっちまって、俺たちのことは話そうとしないだろうしなあ。 まあ俺たちなら、親父に頼めばこんなショボイ所、潰すのも簡単なんだぜぇ?」 トサカが勝ち誇ったように言う。 「おまえたち、もういいだろう。間もなく休憩時間も終わる。行くぞ」 「そうだなぁ。残党どもを倒しにいかねぇとなぁ」 「やっべー。ぼくトイレに行くの忘れてた!」 ガンボーイズは美久たちに背を向けて歩き出した。 そんな中、チカだけがひとり残って美久たちに近づいてきた。 「大丈夫か?」 彼はふたりにハンカチを差し出した。 「大丈夫なわけないでしょ!」 そういって美久は奪い取るようにハンカチを掴むと麻由莉に渡す。 「ハンカチは返さなくて良いから」 「当然よ! あんたたちがインクまみれにしたんじゃない!」 「それでそのインクなんだが……」 そうチカが言いかけたとき、後ろから大声がした。 「チカなにやってんの! 置いていっちゃうよ!」 美久が声をした方を見ると、ムクがチカを呼んでいた。 チカは相変わらずの無表情のまま、仕方ないというように肩をすくめると、背を向けてガンボーイズのほうに向かって歩き出した。 その背中を見ながら振り返って思い出してみると、美久はチカだけは弾を発射していないことに気がついた。さっきは戦いの最中で余裕がなかったから気づかなかったが、たしかにチカだけは撃っていない。 あいつもガンボーイズの仲間でしょ? なんなの? 遠くに消えて行くチカを見ながら、美久は疑問に思った。 それから、あいつにすればわたしたちなど相手にする価値もないってことなのだろうと、美久はそう結論づけた。 美久たちもいつまでもここにいても仕方ないので、セーフティーゾーンに行くことにした。 セーフティーゾーンに向かうと、先に撃たれた人たちが集まっていた。撃たれた証拠に誰もが身体のどこかにインクの染みを付けていたが、しばらくすれば綺麗に消えることを知っているためにどの人もくつろいでいる。 午後の部に向けてリベンジを誓い気合いを入れ直している人。スポーツドリンクを飲んでいる人。仲間同士で談笑している人。さまざまだ。 ところが美久たちがやってくると、そのすべての人たちが一斉に驚いた顔をして彼女たちを見た。 それだけ美久たちの状態は酷かった。顔といい頭といい服といいインクまみれだった。 やがて全身インクまみれなことから彼女に起こったことを悟ったらしく、可哀想にという表情で見る人、目をそらす人、あきれている人。さまざまな反応があったが、セーフティーゾーンは沈黙に包まれていた。 それでもガンボーイズに萎縮しているのか、誰一人美久たちに声を掛けようとする人はいなかった。ガンボーイズに目を付けられれば、次は自分が美久たちのようにインクまみれにされるだろうことは分かり切ったことだったからだ。 「はやく、化粧室に行こう」 試合会場にはシャワー室も用意されていたが、その前にとにかく手だけでもインクを落としてしまいたかった。 女子トイレに入り洗面所で手を洗う。 「あれ? 落ちないよ?」 「本当だ!」 美久は心の中で叫んだ。これはおそらく水で落ちたり時間で消えるインクじゃない! どこにでもあるごく普通のインクだ! ガンボーイズが変えたカートリッジには、消えるインクから普通のインクに詰め替えた弾が入っていたのだ。 それでも美久は、手を洗ってもインクが落ちないという事実を信じることはできなかった。もしかしたらわたしの勘違いで時間がたてば消えるインクかもしれないという、ささやかな期待を捨てきれないでいた。 しばらくしてトイレから出てきた美久たちは、うなだれながらシャワー室に向かった。 遠くからガンボーイズが午前の部の優勝をしたことを知らせるマイク越しのアナウンスが聞こえた。 美久はシャワーを浴びる。思った通り、お湯をかけても体に着いたインクは消えなかった。 そのあとシャワー室で懸命に体を洗ったため、いくらかインクは落ちたものの、それでもまだ肌にインクの色が残っていた。 ガンスポ用の服から普段着に着替え、美久たちはシャワー室から出た。 お昼にはまだ少し早かったが、食堂の前にはすでに行列ができている。美久はここでカレーが販売されていると麻由莉が言っていたことを思い出した。あきらかにガンスポの参加者ではなさそうな人が行列の中に混じっているのは、カレーだけを食べにここに来たのだろうか。 ふたりとも食欲もわかず、午後の部に出る気力もなく、このまま家路につくことにした。 フィールドをあとにして、駅に続く畑に囲まれた細い道を歩いていると、麻由莉が美久に対して恨みごとを言う。 「あのときミクがおとなしく降参しておけばこんなことにはならなかったのに……。ミクのおかげでさんざな目にあった……」 「ごめん……」 非難を聞いてしょげ返った美久を麻由莉は一瞥したあと、背を向けて早足で一人で帰っていってしまう。 美久は遠くに消えて行く、肌にインクの色が残る麻由莉の後ろ姿を見守るしかなかった。 ◇ 次の日。 授業はすべて終わり、大学の食堂は学生たちの休憩室がわりとして使われていた。美久もそこで紙コップの自販機からジュースを買って飲んでいた。 昨日、家に帰ったあともお風呂場で一生懸命落としたのでだいぶインクが落ちていたが、それでもまたうっすらと肌にインクのあとが残っていた。 そこに麻由莉が食堂に入ってきた。彼女も美久と同じように顔にも手にもうっすらとインクのあとが残っている。 美久はかけ寄って、麻由莉に頭を下げた。 「昨日は本当にごめん」 「もういいよ。過ぎたことだし。わたしも昨日のことは忘れるから」 「それで、もう一度ガンスポをしようよ。ガンボーイズに仕返しをするの!」 美久はガンスポに誘ったものの、麻由莉は「ガンスポのことは思い出したくもない」とにべもなく断られてしまった。 その後、大学から家に帰り、自分の部屋で美久は考え続けた。 わたしたちはガンボーイズに完敗だった。雪辱をぬぐうなんていっては見たものの、そんなのは無謀だということはわかっている。 それにもしも大学の友達に物好きがいて、わたしとパートナーになってくれる人がいたとしても、わたしと麻由莉に起こったような酷い目にふたたび遭うことになる可能性はかなり高い。そんな戦いに誘うわけには行かない。 だからといってこのままでは我慢がならない。麻由莉のためにも、ガンボーイズにどうにかして一矢報い、一泡吹かせ、その天狗の鼻をポッキポキに折り捲ってやらないと腹の虫がおさまりそうにない。 そこで考えた末、美久が導き出した結論はこうだった。 こうなったらひとりでフィールドに立とう。それなら誰にも迷惑を掛けない。 麻由莉が前に言っていたが、ガンスポは大抵の人がグループをつくって参加しているそうだ。 それは納得できる。人数は多ければ多いほど有利なことくらい、ガンスポ初心者のわたしにだってわかる。 だけどかまわない。わたしはひとりで戦う! 美久は姿見の前に立つと、ポニーテールの先をつかんで自分で髪にはさみを入れた。髪を縛っていたゴムをはずすと髪がばらけてショートカットになった自分の姿が鏡に映る。 その自分の姿を心に刻む。 絶対に雪辱を晴らす。 これは彼女なりの決意の表明だった。 |