ガンガールズ

 作:JuJu




■第四章「チカという男」

「なんか、弱すぎぃ」

「初心者にしたって、これは酷いよ」

 モヒカンと大男はあきれたように言う。でもそのために攻撃の手もゆるんでいた。

 今しかない。ここで銃を乱射して、相手がひるんだ一瞬を狙って逃げよう。

 そう考えた美久(みく)は、おびえきっている麻由莉(まゆり)に耳打ちをした。

「これからわたしは銃を撃ちまくって敵の足をとめる。その隙にここから逃げ出すわよ」

 美久は麻由莉から跳ねるように離れると拳銃を構える。ところが先ほどまで目の前に立っていたはずのガンボーイズの姿が見当たらなかった。

 おどろいて周囲を見まわす美久。

 その時だった。

 美久の背中に硬い鉄の塊を突きつけられた。

 これが噂に聞くガンボーイズの実力か。こんなやつらには絶対にかなわないと美久は悟った。

 これは後から知ったのだが、ガンボーイズは初心者とか弱小など、ガンスポが下手なチームを狙っていじめている札付きだった。

 彼らは腕前の方も確かで、メジャーと呼ばれる大きな大会にでても優勝候補になるだけの凄腕と言われている。

 しかしそれら大きな大会には一切参加せず、マイナーとよばれる、いま美久たちがしているような試合だけに参加していた。企業がスポンサーをするようなメジャー大会ではドローンなどの飛行カメラで試合を撮っているし、しかもそれをインターネットで中継される。もちろん不正がないように、フィールドに配置された審判も目を光らせている。しかしこんな小さな大会では、ネット中継なんてとうぜんあるはずもなかった。むろん審判もいない。だから優勝候補になる腕前もあり装備も良い物を使っているというのに、彼らはこんな小さな大会を選んで出場しているのだ。

 それにガンボーイズは資産家の息子たちで結成された組織だったため、大きな大会で出る高額な優勝賞金も興味がないらしい。美久のような、参加費が高いと言っているような一般人とは格が違った。

 そして初参加でしかも運動能力が男よりも劣る美久たちは、彼らのかっこうの獲物だった。

 美久の背後にいるリーダーは、隣にいるらしい男に声を掛ける。

「チカ。お前さっきから見ているだけだろう。ガンボーイズの一員なら少しは参加しろ」

 チカと呼ばれた男はため息をついた。それから「……わかった」と言うのが聞こえると、美久は背中にもうひとつの銃をつきつけられたのがわかった。

 美久の人の見る目が確かならば、あのチカと呼ばれている男は周囲に流される、無気力な性格らしい。

 ふたつの銃を背中に突きつけられ、いよいよ絶体絶命の美久。

 冷たい銃口の感触に彼女のほおに嫌な汗が流れる。

 あきらめるな……。まだ引き金は引かれてはいない……。わたしはまだ死んではいない……。生きているかぎり反撃のチャンスはある……!!

 弾(たま)が当たってセーフティーゾーンに直行にならない限り試合は続いている。

 美久は自分に言い聞かせる。

 そうだ。わたしだってやれるはずだ。わたしだって弾を当てるのはうまい。だって射的場でもお兄さんにほめられたではないか。とにかくこちらからも反撃をしなければ始まらない。

 そうおもって振り返ろうとしたとき、リーダーの低い声が耳元に響く。

「動くな、お遊びは終わりだ。これ以上少しでも動いたら撃つ」

 彼の持つデザートイーグルの感触が背中で強くなった。これが本物の拳銃なら、マグナムと呼ばれる大型の弾を撃てる化物の凶器だ。

「手を挙げろ。それからゆっくりと振り返るんだ」

 目を閉じた闇の中で低い男の声が聞こえる。背中に当たっていたふたつの銃の感触が消え、背後からリーダーと呼ばれる男の声がした。

 閉じていた目を開く。銃を持った腕を肩の高さまで上げてホールドアップをしめす。

 美久はおそるおそる体を振り返り、睨むように相手を見た。

 そこにはリーダーとチカと呼ばれるふたりの男が立っていた。

「ポニーテール、よく聞け」

 リーダーが低く太い声で美久に言う。

 美久は辺りの観察を中止して、リーダーに視線を向けた。

「俺はな、戦争という男の世界にお前たちみたいな浮ついた気持ちで踏み込んでくる女が大嫌いなんだよ」

「そんなの、戦いの世界に男も女も関係ないでしょ!?」

 美久はリーダーをにらみつけて口答えをするが、しょせん銃の前に言葉など無力だ。

 美久は助けを求めてパートナーの麻由莉(まゆり)の方を向いた。彼女も美久と同じように、モヒカンの男と大男に背中に拳銃を当てられて身動きがでとれなくなっていた。

 リーダーが美久から銃を離したのを見て、トサカも同じように麻由莉の背中から銃を外す。

 それを見てわずかに余裕がでた美久は、モヒカンと大男を、それぞれをトサカ・ムクとあだ名をつけた。

 こうしてまぢかで見れば、ますますその顔のよさがわかる。たしかに四人とも恐ろしいくらい美形だ。しかも着ている服やアクセサリーも高級そうなものばかり。美久はファッションにはうとかったが、そんな美久でも一瞬でわかるほどの高級品ばかりを身につけている。

 麻由莉の言うとおり、美男子でしかもお金持ち。言動には問題があるが、それを差し引いても充分イイ男たちかもしれない。と、ちょっと見直したのも束の間。トサカがワルサーP38をぺろぺろと舐め始めて、美久は一気に幻滅した。

「でも……女だからってだけで、どうしてガンスポをしちゃいけないのよ。男とか女とか、大切なのは実力で、戦場に立ったら性別なんて関係ないでしょ」

 美久はリーダーに聞こえるとまずいので、ぶっきらぼうに小声でつぶやく。

 一瞬、銃口を向けているチカの腕がわずかに震えたように見えた。

 まずい、と美久は思った。

 もしかしたら、チカにだけには聞かれてしまったかもしれない。

「やっぱ、くだらねえ」

 チカは吐き捨てるようにそう言うと、美久に向けていた銃をホルスターにしまった。

「あいかわらず、おまえはやる気のないやつだな」

 それを見たリーダーは醒めた声を出す。

「もういいだろ。俺、こいつたちをかまうのは飽きた」

 それを聞いたリーダーも、銃を持つ腕を下ろした。

「ふん、こいつらも反省したみたいだしな。俺はこいつらが分かればそれでいい。ただしもう二度とガンスポにはかかわるな」

 そこに麻由莉の方にいたトサカが、不満たらたらに口を挟む。

「えー? もっとこらしめましょうよリーダー。こいつら絶対こりていませんって」

 トサカは銃をもてあそびながら隣にいる大男に言う。

「お前だってそう思うだろう?」

「ぼくはリーダーの意見にしたがうよ。ガンボーイズの一員だからね」

 そういうとムクはトカレフをホルスターにしまった。

「そういうことだ」

 リーダーも銃をしまうと、結論づけるように言う。

「チッ。まったくちょっと可愛いからって、調子にのってんじゃねーよ」

 流れにおされてトサカもしぶしぶ銃をしまった。

 危機が去ったことに美久が胸をなで下ろす。

「そんな……わたしが可愛いだなんて」

 麻由莉は美形にほめられて驚く。

「お前じゃないって。そっちのお前だよ」

「え? わたし?」

 キョロキョロとあたりを見まわす美久に、トサカが言う。

「他に女はいねぇだろうが。俺は男に可愛いなんて言う趣味はねぇからな」

「たしかにあっちの女性もなかなか可愛いし、それに努力しているのもわかる。その点キミなんて髪は束ねただけ。服はユニクロかどこかの安物。そのうえ化粧さえしていない。

 でもね、ぼくたちの目が節穴だと思わないでよ? 磨きさえすれば、キミはそんじょそこらへんの女なんて目じゃない、すっごい美人になるはず。このぼくが保証する」

 ムクが言葉をそえる。

「そ、そんなー」

 美形たちにベタ褒めされて、さすがに顔を赤くする美久。

「だが少し位いい女だからって、うぬぼれてガンスポに逆ナンをしにきたのは気にいらねえな」

 リーダーが言う。

「別にうぬぼれてなんていないわよ。それにわたしは逆ナンなんて――」

 美久がそこまで言ったところで、フィールドにサイレンが鳴り響いた。

「え? もう試合時間終わり? 早すぎない?」

 不思議がって周囲をみまわす美久。

 するとムクが解説した。

「これは休憩時間の合図だよ。ガンスポは休憩を挟んで一試合が前半四十五分、後半四十五分に別れているんだ」

「そんなことも知らずにガンスポをしていたのかよ? 本当に素人なんだな」

 トサカがあきれる。

「みんな、もういいだろ? 休憩時間なんだし休憩所に行こうよ。実はぼく、さっきから便所にいきたかったんだよ。のども渇いた」

 ムクがなさけない声を上げる。

「命拾いしたな」

 リーダーがそう言うのを皮切りに、ガンボーイズの面々は美久たちを捨てて休憩所に向かって歩き出した。


    ◇


 去っていくリーダーは、最後に「まったく、女のくせに戦場に来るなよ」と言い捨てる。

 そのせりふが美久の癇(かん)にさわった。さっきも言われたけれど、これだけはやはり許せない。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 美久はガンボーイズの背中に向かって大声を放つ。

「もうやめようよ」

 驚いた麻由莉が言う。こんどは彼女が美久を止める番だった。

 ここでおとなしく黙っていればガンボーイズはこのまま去っていく。そのことは美久自身もわかっていた。わかっていたけれど、こうなったら自分でも抑えきれなかった。

 頭に血が上った美久は、去っていく彼らに向けてベレッタの銃口を向ける。

「聞いているの!? 待ちなさいって言っているでしょう!!」

 ここで刃向かえばどうなるかなんて、火を見るより明らかだった。

 だけど、どうしても我慢ができなかった。

 仁王立ちをして美久が叫ぶ。

「たしかにわたしたちは浮ついた気持ちで参加していました。スポーツとして真面目に試合をしている人には不快だったのは謝ります。

 だけど……、それと性別は関係ないでしょ! 女がガンスポをやってなにが悪いのよ? 女が戦場に立つのは、そんなにおかしいこと?」

 休憩所に向かって歩いていたガンボーイズ一行は一斉に立ち止まると、ゆっくりと振り返る。

「なんだと?」

 リーダーが言う。

「あーあ。せっかく見逃してあげたのに」

 ムクがあきれたように言う。

「俺、ひさびさにキレちまったよ!」

 トサカは早くもホルスターからワルサーP38を抜いていた。引き金を引きたくてうずうずしているのがわかる。

「……馬鹿な奴」

 最後にチカが、ため息をはきながら疲れたように言う。

 その場で傍観しているチカを除き、ガンボーイズは美久にむかってきびすを返してきた。