エンジェルフォーゼ(前編) PN.月より
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「よかったね天音(あまね)ちゃん、今日はあの男の子、選べるよ!」 うん!そのために、毎日体重とか気にしてるんだもん。おとといは、食べすぎちゃって選べなかったから。 『現在、あなたがエンジェルフォーゼ可能な人は、画面に表示されている4人です。エンジェルフォーゼしたい場合は、右側にあるコイン投入口に30円を入れ、画面にタッチしてください』 学校からの帰り道、天音とその友達は自動販売機のような機械の前に立っている。 天音はポケットから、アニメキャラクターの絵が入った小さな財布を取り出し、投入口に30円を入れ、画面に表示されている4人の子供から“たかし”と表示された男の子にタッチした。 『了解しました。では、エンジェルフォーゼします。パネル中央に表示された手形に右手を合わせて下さい』 天音は、無機質な音声が流れる指示通り、パネル中央に表示された手形に右手を合わせた。
『エンジェルフォーゼ、完了しました。変身時間は20分です。常習性を防ぐため、一日に1度しか変身できませんので、本日のエンジェルフォーゼのご利用はできません。御了承ください。エンジェルフォーゼの収益金は経費を除き、難病に苦しむ子供たちへの寄付金となっています。今回はご協力ありがとうございました』
黒いハイネックのノースリーブに、ピンクと紺のチェックのミニスカート、それに黒のハイソックス。靴は淡いピンクのスニーカーで、今日はきめている。そして背中には赤のランドセル。 うん。いつもはジーパンなんだけど、エンジェルフォーゼしたスカートの男の子、結構見かけるし、気にならないよね。 「ほら、あの子!普通の男の子でもスカートの子、いるよ」
体格が変わると、お気に入りのキャラクターが選べなくなるので、肥満防止にも一役買っている。 収益金が、難病に苦しむ子供たちへの寄付金となっている事と“30円”というリーズナブルさ、小学生の間だけの楽しみということで、親たちも積極的にメタモルフォーゼを子供に薦めている。スーパーや公園、あらゆる公共性のある場所で、自販機のように置かれていた。
「なによ天音ったら、鼻をぴくぴくさせて(笑)あんまり食べ過ぎたら、先週“たかし君に変身できなかったよぉー”なんて、言ってたでしょ」 だいじょうぶ!運動して体重戻すから♪ 「ダイエットしないだけいいけど、無理しちゃだめよ。どちらにしても、身長とか伸びて“たかし君”には、いつか変われなくなるわよ」 いいの。それまで、たかし君に変身するの!だから、いっぱいカレー入れてね♪ 「はいはい(笑)少し前までは“ひでお君”なんて、言ってたのにね。天音も5年生だから、エンジェルフォーゼできるのも、あと2年ね。それまでは楽しみなさい。ママはこれから夜のパートに行くから、ちゃんと宿題しておくのよ」
「「「きれい・・・・」」」
(うわっ。高須さんがこちらに近づいてくる。近くで見ると、ほんとに信じられないぐらいきれい。クラスのみんなも注目してる・・・)
あたしんち、ママと二人暮しで、ママは毎日夜遅くまで働いているから・・・。 しばらく沈黙が流れた。
まりあちゃんは、すばやく小さな台所からティーパックが入ったカップとポット、カステラを運んできた。天音はまりあに促され、座布団に正座した。 「これティーパックなんだけど、このアップルティーお気に入りなんです♪」 ほんと、とってもおいしいね!どこで買ったの? 「これ、青森のスーパーで売っていたんですよ。地元では30店ぐらいあるスーパーで、どこにでもあったのですが、他の地域では無いようです。このカステラは、近所のスーパーで買ったんです」 と“半額シール”の貼られた包装紙を見せた。 たぶん、ママがパートしているスーパーだよ!いつも売れ残った惣菜とか持って帰ってくるんだけど、その“半額シール”貼られているから(笑) 「あっ」 どうしたの、まりあちゃん。
「天音ちゃん、そろそろ変身が解けるみたいです。天使の輪が消えちゃいました」 うーん。残念。天音のお嬢様姿も終わりです。ではでは〜♪ 天音はおどけながら“バイバイ”とまりあに手を振ると、金色の瞳がスーッと黒色に戻り、身体がぼんやりと光り、そして光を失うとお嬢様姿から“天音”に戻っていた。 「あのね、天音ちゃん。さっきの話なんだけど・・・」 さっきの話って? 「さっき天音ちゃん“羽根も生えて天使にみたいになりたい”って言ってたでしょ。もし、天使にみたいなれるかもしれないって言ったらどうします?」 天使に・・・って、もしかして、エンジェルフォーゼで天使に変身できる裏技があったりするの!? 「ううん、ちがうの。そうじゃないの。いま天音ちゃん、アップルティー飲んだでしょ。そのカップを覗いてみて」 そう言うとまりあは立ち上がり、天音に向ってにっこり笑いながら、自分の人差し指で、眼を見開いたまま、自分の右目を強く押さえた。 すると、突然閃光が走った。
天音は、目の前の出来事に呆然としていた。ただでさえ、天使のような“かわいい”まりあが、光輪や瞳が金色になっただけでなく、髪は銀色に、肩からは銀色の羽翼が生えていた。本当に天使のような神々しさがあり、感動からか自然と涙がこぼれ落ちていた。 ま、ま、ままま、まりあちゃんって、本当に、て、天使だったの!? 「人間ですよ。でも、まりあちゃんだって、この姿になれるかも知れませんよ」 <日曜日・昼> まりあちゃんと一緒に、近所の駅から電車で2駅先で降りたところにある“エンジェルフォーゼ・テーマパーク”に来ている(でも、お金がもったいないので、20分かけて自転車)。外見は5階建てのスーパーのように見えるこのテーマパークは、全国に79箇所あり、家族連れでたくさんの人でにぎわっている。1階がテーマパーク、地下1階がレストラン、2階以上からは一般客が立ち寄ることが出来ないエンジェルフォーゼ関連施設になっている。このテーマパークで人気なのが、無料で何度でも時間制限なしでエンジェルフォーゼでき、普段はありえないアニメのキャラクターや有名人にも変身できるところだ。また別のフロアでは、エンジェル・ライブラリーでどのような体型ならどんな子に変身できるか、パソコンでシュミレーションでき子供がこぞって検索している。 天音はテーマパークに来るのは初めてで、眼を輝かせてあちこち見渡している。 「天音ちゃん、今日はこっちですよ。天使になりたいんでしょ」 えっ、ちょっとぐらい・・・。 まりあは、名残惜しそうな天音を手をつないでひっぱり、入口の受付カウンター横にあるドアに向っていった。まりあは目で受付係の女性に挨拶をすると、女性はインカムでなにやら連絡をしていた。するとドアの中から別の女性の方が現れた。病院というより研究所にありそうな白衣をラフに着こなしをしていて、かっこいいお姉さんといった感じに見える。 「まりあちゃん、久しぶり♪この子が連絡があった天音ちゃんね。私、ここのテーマパークで所長をしている“高須めぐみ”といいます。“めぐみ”と呼んでくれても構わないから。今日はよろしくね。まぁ、所長といっても名ばかりなんだけど(笑)」 はじめまして。わたし、大林天音です。あの、“高洲”ってまりあちゃんと苗字がおなじだけど・・・。
「まりあ。“おばさん”じゃなく、“めぐみお姉さん”でしょ(笑)」 所長・・・じゃなかった。えっと、めぐみさんって、やっぱりまりあちゃんと一緒で美人ですね!なんか、まりあちゃんが大人になったみたいです。 「天音ちゃん、そういってもらえると嘘でも嬉しいわ♪私の子供の頃は、まりあちゃんとそっくりだったわ。まあ、親戚だからね。さてと・・・本当はゆっくりこの施設の案内をしたいところだけど、色々と立て込んでいるから。早速だけど、私の後についてきて!」 所長はそう言うと後ろに振り向き、幅は2mほどで、床がクリームがかった緑色の長い廊下をすたすたと歩いていく。天音たちも遅れないようについていった。壁の向こう側から子供たちの喜んでいる声が伝わってくる。そうすると突然ホテルのロビーを思わせるような広い空間が現れ、天井は先ほどいたテーマパークの倍ほどの高さがあった。 所長とおなじ白衣姿のさまざまな人が行き交い、所長に気が付くと挨拶をしている人もいた。さらに奥へ進んでいくと2つのエレベーターがあり、どちらにも男性の警備員がついていた。左側のエレベータの階下表示を見ると「1」と「2」しかなく、右には「1」「3」「4」「5」と表示されている。3人は左側のエレベーターに乗った。 「このエレベーターは2階専用なの。右側のエレベーターは、重要秘密が隠されているのよ。どう?ワクワクするかな(笑)」 不思議そうな顔をしていた天音に、所長は楽しそうに説明した。 「昔からあんな感じなのよ」と、まりあは小さな声で耳打ちをし、ため息をつく。 2階に到着すると、まっすぐに幅7mほどの廊下が30m先まであり、左右に部屋が1つづつある。左の部屋に入るとバレーボールのコートと同じぐらいの広さはあった。 「さて、説明するわね。エンジェルフォーゼで天音ちゃんも30円を払って変身したことあると思うけど、その収益金は、難病に苦しむ子供たちへの寄付金となっていることはしっているわね?」 はい。いつもエンジェルフォーゼした後に聞いてます。 「ここでは、そのエンジェルフォーゼを応用した治療を行なっているの。あちらのガラスの向こうを見て。マジックミラーになっているから、近づいてもこちらには気づかないから」 3人は、幅10m高さ3mはありそうな壁一面ガラス張りの壁に近づいた。中では白衣姿でマスクをしている女性ばかりのスタッフがあらゆる機器を操作している。そして、中央に高さ2mほどの円柱のカプセルが2本立っていた。カプセル内は紅茶色した溶液で満たされていて、左側には天音と同じ年頃の女の子が、服を何も着ていない状態で苦しそうな表情で漂っていた。右側のカプセルには、一見するとマネキンのような感じのものが漂っている。体型は左側の女の子と同じように見える。 「あのカプセルに入ってる女の子はね、ガンなんだ。末期ではないんだけど手術では取り除けないところにあって、今までは薬で進行を抑えていたのだけど、このままだと他の臓器に転移してしまうの。予約で3ヶ月待って、ようやくここでの治療を受けることになったのよ。右側のマネキン人形のようなのは“素体(そたい)”と呼んでいるわ」 天音は、カプセルの中で幻想的に漂っている女の子に、ただただ見とれていた。 すると、中のカプセル内でなにやら変化が起こっている。女の子の入ったカプセルの液体が、白く濁り始めた。 素体の入った右側のカプセルが光を増していった。紅茶色した溶液が透明に変わっていくと同時に、素体に変化があらわれた。素体がエンジェルフォーゼみたいに変身していく。頭に天使の輪のような光が浮かび、目を開けると瞳が金色に輝いていた。 「今、素体が女の子に変身して意識も転送されたのよ。この後、カプセル内の溶液が排出され、暫くの間、女の子になった素体の身体でこの施設の3階で生活を送ることになるわ」 めぐみさん、左のカプセルは白く濁ったままだけど? 「白く濁っていて中が見えないけど、女の子がちゃんといるわよ。あのままの状態で、別の場所で“クリーニング”を行なうことになるわ」 ク、クリーニングですか!? 「あっ、今、衣服のクリーニングと思ったわね(笑)まぁ、ある意味同じかな。あの白く濁った溶液が薬で、カプセル内で身体をずっと漬け込んでいくの。そうすると悪い病気の素、今回はガンね。それがきれいになくなるのよ。だいたい1週間ぐらいかな。その後、素体から転送された女の子の意識をクリーニングされた身体に戻すの。これで治療完了ってわけ。わかったかな?」 すごいです!これだったら、みんなの病気、全部治っちゃうよ。 「そうだといいのだけど外科関係は無理だし、この治療は適性がある人じゃないと何の効果もないの。天音ちゃん、この前、まりあちゃんの家でアップルティー飲んだでしょ」 はい。とても美味しかったです。でも、その後なぜか白く濁っちゃって。 「そう、あのアップルティーはこの治療が受けられる適性があるか見るものなんだよ。白く濁る人は、残念ながら100人に1人ぐらしかいないの」 100人に1人なんですか?でも、この治療と天使になることと関係があるのですか? 「つまりね、まりあちゃんが右目を押さえたら、天使になったでしょ」 はい。 「あれは右目がスイッチになっていて、身体の隅々まで健康の状態だよという事を知らせるために、解りやすく天使の姿にしたものなの。もし病気が再発するような兆候がみられたら天使に変身できないの。その場合はすぐにこちらで治療を受けにくればいいわけ。あと左目を押さえると天使の姿から元に戻るのよ。」 めぐみさん、質問いいですか? 「どうぞ」 治療が終って意識が転送されてなくなった女の子の素体は、どうなるのですか? 2人が話をしているうちに、2つのカプセルはなくなっていて、奥から別の2つのカプセルが運ばれてきた。 「カプセルの間近までいきましょう。部屋に入りますよ」 天音はいいのかなぁーと思いながら、マジックミラーのある部屋から、一旦、廊下にでてカプセルがある中に入った。 運ばれてくるカプセル内には、一つは素体とよばれるマネキンみたいなものが。もう一つには、 えっ、まりあちゃん!? カプセル内で紅茶色した溶液の中、幻想的に漂っているまりあちゃんの姿があった。息苦しくないのか、中でこちらに向かって、ニコニコして手を振っている。 「まりあちゃんたら、裸で何やってるんだか(笑)。本当は、睡眠薬で眠らせてから行うのだけど、まりあちゃん、慣れちゃっててね。今回で4回目。データバンクには、まりあちゃんの1年・2年・3年時の素体があるわ」 えっ、4回目!? 「私がいうのもなんだけど、まりあちゃん、かわいいでしょ。エンジェルフォーゼの変身キャラ人気トップ10に入るのよ。だから病気でなくても、毎年来てもらっているの。小学1年生に重い病気で治療をおこなったのだけど、本当はもう、再発しないかぎりここに来る必要がないでしょ。だから、さすがに4年生の時には嫌がって断っていたのだけど、今回、天音ちゃんも一緒ならいいよっということで」 あたし、まりあちゃんみたい天使にはなりたかったけど・・・。そんな、迷惑なんじゃ。それに、予約で何ヶ月も待っている人がいるのに。 「気にしなくていいのよ。元々この時間はメンテナンスの時間帯だから、点検がてらに2人ぐらいやっちゃうから。それに2人とも健康体だから、素体にエンジェルフォーゼしても、意識を転送させる必要がないから、作業時間は短いしね」 めぐみさん、あの、まりあちゃんが動かなくなったよ。大丈夫なんですか? まりあの腕はだらりと下がり、瞳はどこをみているのか焦点があっていなかった。でも口元がわずかにあがり、微笑んでいるように見えた。 「あっ、大丈夫よ。普通はこちらで作業を行なうのだけど、まりあちゃん、自分で呼吸を止めて心臓の鼓動を止めたのよ」 えっ、呼吸を止めて心臓の鼓動を止めた!? 「今回は意識を転送させないけど、よく気絶なんかする事を“意識が飛ぶ”っていうでしょ。心臓の鼓動を止めた状態にすると、スムーズに意識が転送されるのよ。まぁ、初めて聞いたらビックリしちゃうかもしれないけど。天音ちゃん、心臓はなぜ動いているか分かるかな?」 んー・・、血液を送るため? 「そうね。血液に含まれる酸素を身体の隅々まで運ぶためだね。でも、あの溶液には酸素が充満されているので、心臓の鼓動を止めても、常に身体中酸素が行きわたる状態なの。心臓の鼓動は作業が終ったら、ちょっとした電気ショックを与えたら動くから、心配しなくていいのよ」 そ、そうなんですか・・・ 「これは私の推測だけど、まりあちゃん、天音ちゃんが不安がらないようにカプセル内で手を振ったりしていたのよ。普段、あの子の性格じゃあんなことしないもの。転校ばかりで全然友達ができなくて、初めてできた友達に何かしたくて、積極的に行動しているんだと思うの。 このエンジェルフォーゼの治療はね、事前に必ず“心臓の鼓動を止めさせる”ことは説明するの。“心臓の鼓動を止めさせる”といったら、やっぱり怖いでしょ。重い病気の子なら治療のためと割り切ることもできるけど、天音ちゃんは健康体だから。今朝、まりあちゃんから連絡があってね、 『先にまりあがカプセルに入って、自分で呼吸を止めて心臓の鼓動を止めるから、それから天音ちゃんに“心臓の鼓動を止めさせる”事を説明してあげて。自分で心臓の鼓動を止めることができるぐらい、安全なんだよっと見せたいの』って言ってたわ」
2人が話し込んでいる間に、右側のカプセルに入っている素体がエンジェルフォーゼのようにまりあに変身していた。左側のカプセルは溶液が濁っている。 「それじゃあ、素体側のカプセルはそのまま5階へ運んで!このカプセルは、この場で電気ショックを与えてから、排出ホースを取り付けて溶液を排出してちょうだい。」 所長は、若いスタッフの人に指示を与える。 「天音ちゃん、もし怖かったらやめてもいいのよ。たぶん、もっと気軽な気持ちでここに来たのでしょ」 はい。
「まりあちゃんは、天音ちゃんが“天使になりたいと叶えたい”という気持ちだけでなく、ママと二人暮しで生活が苦しいことも気にかけていたわ。天音ちゃん、ママの誕生日のプレゼントを買うために、1ヶ月前から、3日に1回だけエンジェルフォーゼしてお小遣い貯めているんだってね。ほんと、とても偉いわ」 そ、そんな。 「別に恥ずかしがらなくてもいいのよ。ママを楽にさせるためにも、私は天音ちゃんには、ここで天使になることをお奨めするわ。まず天音ちゃんは健康体なので、さっきの女の子のように1週間カプセル内で身体を治療液に漬け込む状態にはせず“天使になるようにだけの処理”を行なうの。この“天使処理”を済ませておけば、病気にかかっているかどうかは、天使に変身できるかどうかで判断できるようになるし、この施設にくると治療費は全額無料なのよ」 タダなんですか!? 天音はふと思い出した。2ヶ月前、風邪を引いて家で寝込んでいたが治らず、ママが仕事を休んで看病してくれたことを。色々な検査と薬をもらって、ママが財布からたくさんのお札を出して払っていたことを・・・。 「中学生からはエンジェルフォーゼができる素体がないので、この施設で素体を使った治療できないの。でも天使には変身できるわ。日頃から天使に変身さえすれば、早期発見につながり、この施設で普通の治療を無料で一生受けられるわ。それと、これはおまけみたいな特典だけど“30円のエンジェルフォーゼ”も無料なのよ」 タダなんですか!? 天音は同じ言葉を繰り返して、ちょっと恥ずかしかった。 「30円を投入しなくても、タッチパネルに手を添えるだけで、いつものようにエンジェルフォーゼできるのよ。ただ、お友達の前では見つからないようにね(笑)」 「天音ちゃん。これでエンジェルフォーゼを我慢しなくても、ママのプレゼントが買えますよ」 あっ、まりあちゃん・・・。 まりあは、天使の光輪・金色の瞳・銀色の髪・銀色の羽翼、まさに天使の姿で、バスタオルで身体を拭きながら、現れた。 「まりあちゃん、どこか身体とか問題ない?」 「ごらんのように天使にも変身できるし、大丈夫よ」 まりあちゃん・・・、あたし、嬉しいよぉー。 天音はまりあの胸に額を付け、目に涙を浮かべて泣いた。 「ど、どうしたの?天音ちゃん。やっぱり怖かったかな」 まりあは、右手を天音の頭にのせ、やさしく撫でていた。 ううん、違うの。あたしの事、こんなに思ってくれているなんて・・・。あのね、まりあちゃん、めぐみさん・・・あたし、天使になりたい。 まりあはその言葉に微笑み、所長は改めて天音に確認した。 「いいのね。すぐに取り掛かるよ」 天音は、強くうなずいた。 「わかったわ。まりあちゃん、天音ちゃんを更衣室に連れて行ってあげて。私は麻酔薬を用意するから」 麻酔薬って、どれくらい眠るのですか? 「そうね、約2〜3時間ってところかな。別に痛くないから、心配しなくてもいいよ」 あたし、まりあちゃんと同じようにします。 「まりあちゃんと同じように?」 あたし、まりあちゃんと同じように、自分で呼吸止めます。 「えっ!?何を言っているの、天音ちゃん。まりあちゃんは慣れているだけでとても苦しいし、何のメリットもないわよ」 「そうよ。私は天音ちゃんにそんなことしてほしくて、自分で呼吸を止めたわけじゃないの」 だって、安全なんでしょ。あたし決めたんです。自分で呼吸を止めて心臓の鼓動を止めるのを。まりあちゃんにいっぱい勇気をもらったし、あたしのめいいっぱいの気持ち伝えたいの! 天音の強い気持ちをみて、所長とまりあ、ふたりはうなずいた。 「わかったわ。それじゃあ衣服脱いだら、さっきまりあちゃんが入っていたカプセルをそのまま使うから、これに入ってちょうだい」 天音はまりあに、奥にある更衣室に案内され衣服を脱ぎはじめた。
えっ、なにが? 「とっても身体がキュートでスポーティーな感じです。私なんて、病気みたいに肌が白っぽいし」 まりあちゃん、何いってるの。さっき、めぐみさんから聞いたよ。エンジェルフォーゼの人気トップ10に入るんだって。まりあちゃんの今この天使の姿を見たら1番だよ。あたしなんて、誰も変身したがらないよ。いいのかな、ほんとに。 「天音ちゃんも人気になりますわよ。女の子からも。でも、自分で呼吸止めても、ほんとにメリットないですよ」 メリットはあるよ。だって・・・、麻酔薬使うと後でまりあちゃんと後で、テーマパークで遊べないでしょ。 「天音ちゃんたら(笑)」 まりあちゃん。呼吸を止めるのって、コツがあるの? 「呼吸を止めるコツっていうのも、なんだか変な感じがしますね(笑)。私の場合、カプセルが溶液で満たされていき、首元まで水面が来たら大きく息を吐くの。そうして、溶液がカプセルいっぱいに満たされて、本当に息苦しくなったとき、めいいっぱい溶液を吸い込むの。溶液に酸素が満たされている事を思いながら、山で新鮮な空気を吸い込むみたいにね」 それからは? すると、まりあは天音ちゃんの右手をつかみ、自分の胸に押し当てた。 「あとは、何も考えないでゆっくりと心臓の鼓動が止まるイメージをするの」 天音はびっくりした。まりあの胸を押し当てている右手から心臓の鼓動が伝わってくるが、どんどん鼓動の間隔が短くなってくる。 「・・・そうするとね。止まったって感・・じることができるわ。すーっと、意識・・が吸い上げられていくような・・・怖いような・・・・すがすがし・・いような、不思・・・議な体験がで・・きる・の・・・」 まりあの右手から、鼓動が伝わってこない。 えっ、まりあちゃん?まりあちゃん!!
「私も服を着たらすぐに行きますわ。その前に・・・」 まりあは、天音の右手を掴み握手をした。 どうしたの、まりあちゃん? 天音は不思議そうな顔をした。 「私が代わりに言ってあげる。『あたし大林天音。これから天使に変身してきます。まりあちゃん、心配しないでね!』 あっ、学校で自己紹介の時もあたしの真似してたけど、ひょっとして握手をすると真似できるのね。 まりあは、にこっと笑いうなずいた。 「天音ちゃん、緊張しないでね。いってらっしゃい」 うん。いってきます♪ 天音は、まりあが使っていたバスタオルを両手で胸を隠して、更衣室から中央にあるカプセルに歩き出した。 何だか、恥ずかしいです。みんなに見られているみたいで。 「ここは女性のスタッフしかいないから大丈夫よ。それに見られても減るもんじゃないし、何だったら、今からスタッフ全員脱ぎましょうか(笑)」 その言葉にスタッフ全員の笑い声が聞こえた。 「まりあちゃんは来ないの?」 まりあちゃん、服を着てからすぐ行くって言ってました。 「そうか。それじゃ取り掛かろうか。天音ちゃん、バスタオルとってカプセルの中に入って」 めぐみさん、このタオルはやっぱり外さないとダメですよね。 「そうね。バスタオルを付けてそのままエンジェルフォーゼすると、素体側にバスタオルの様な皮膚ができる状態になるから。まりあちゃんが来てから始めようかと思ったけど時間がもったいないし・・・古賀さん。」 「はい」 胸の名札に「古賀」と書かれた、一見、大学生に見える優しそうな白衣のお姉さんが呼ばれた。 「天音ちゃんにカプセルに入ってもらうから、カプセルを閉めたらすぐ作動できるよう準備をはじめて」 「はい。それじゃ、天音ちゃん、行きましょうか」 古賀はどこか寂しげな顔を見せた。 あたし大丈夫です。心配しないで!さっき、まりあちゃんから、呼吸を止めるコツを教えてもらったんですよ。 天音がニコッと笑顔を見せた。古賀は少し笑顔を見せたが、瞳は涙で溢れそうになっていた。古賀はカプセル横にあるスイッチでスライド式の入口が開いた。天音が緊張しながらカプセルに入ると、古河はバスタオルを受け取った。 い、痛い。 天音はバスタオルを渡す時、その手首に小さな痛みを感じた。手首を見ると、なぜか輪ゴムがついている。ごく普通の茶色っぽい輪ゴムだった。 あの、これは? 「あとでね」 カプセルが閉められた。古賀はすぐに天音が入った左側のカプセルから離れ、別の場所から、紅茶色した溶液で満たされた素体の入ったカプセルを右側にセットした。 「・・・所長、準備できました」 「わかったわ。天音ちゃん、今からカプセル内に底から溶液を入れていくわ。今なら、まだ間に合うけど、麻酔薬打たなくていいのね。溶液が満たされたら、こちらから天音ちゃんの声は聞こえないから。苦しい表情を見せても止められないからね。 天音は、強くうなずいた。
古賀は、驚きの表情をみせた。 「も、申し訳ありません」 天音が入ったカプセルが、紅茶色した溶液が底から競りあがっていき、瞬く間に膝からお腹へと競りあがってくる。すると、天音が入ってる左側のカプセルに服に着替えた天使姿のまりあが戻ってきた。 あっ、まりあちゃん♪あーっ、それ、あたしのふくぅ〜!!(笑) 天音がカプセル内で笑いながら怒っている。天音が更衣室で脱いだ衣服をまりあが着ていた。まりあがニコッと笑いながら、スカートの裾を両手で持ち上げると、 それ、あ、あたしのパンツ〜(涙) 天音は涙がでるくらい笑っていた。 (まりあちゃん、あたしがリラックスできるように、あんな事まで・・・。あっ、まりあちゃん、深呼吸のジェスチャーしている。わっ、もう首まで紅茶(溶液)がきている。 えっと、思いっきり吐くんだったね) 天音は、はぁーーーーっと息を吐くと、すぐに口から鼻、そして頭まで溶液で満たされていき、ついにはカプセルいっぱいになった。天音の足先は底から浮きあがり、カプセルの中央で漂っている。 (まりあちゃん、手を振ってる。あたしも笑顔で手を振らなきゃ。ううっ、もう息苦しい・・・。えっと、よ、溶液に酸素が満たされている事を思いながら、山で新鮮な空気を吸い込むみたいに・・・。怖くない、まりあちゃん、怖くないよ) 天音は、めいいっぱい吸い込んだ。口から“ガバガバ”っと、大きな空気が吐かれた。 (もっと・・・もっと、吸い込まなきゃ。さ、酸素いっぱいなんだから・・・) 天音は、1分ほど手足を痙攣させていたが、やがて動きが止まった。天音は苦しさから目をつぶっていたが、まりあちゃんに心配かけたくない気持ちからか、目を開かせすこし微笑んでいるように見えた。 (・・・そう、ゆっく・・・としん・・のこどうがとま・・メージ・・・) 「・・・所長、天音ちゃんの心拍が停止しました。」 制御モニター室から、古賀の声が聞こえた。カプセル内は次の工程に進み、天音が入った左側のカプセルの溶液が白く濁り始めた。素体の入った右側のカプセルは光を増していき、紅茶色した溶液が透明に変わっていくと同時に、エンジェルフォーゼのように天音に変身していく。頭に天使の輪のような光が浮かび、目を開けると瞳が金色に輝いていた。 「・・・天音ちゃん、ほんといい子ですね。あんな純粋な子、今どきいないよ。まりあちゃん」 と、優しい声と裏腹に、天使姿のまりあの頭に“カラテチョップ”が炸裂していた。 「い、いったぁーーい。何するの、めぐみ!」 「何するのじゃないわよ“お兄ちゃん”。その身体はめぐみの身体でしょ。天音ちゃんの服着たり、スカートめくって見せたり、変態じゃないの!」 「そんなに怒らなくても。お兄ちゃんの身体は病気で廃棄しちゃったんだから。それにこの素体の身体、3年ぐらいで使えなくなるから、もう5代目の小学生のめぐみなんだよ。」 「どうせ、オリジナルはこの30過ぎたおばさんの身体になってますよ(怒)」 「めぐみ、お願いがあるのだけど。天音ちゃんに来年、お兄ちゃんが入ろうかなと思ってるの。とても気に入っちゃった」 「えっ、だめだよ。3年は“寝かせる期間”って決めてるでしょ。本人に出くわしたらどうするの。今入っている、小学生のめぐみじゃ不満なの?私が言うのもなんだけど、こんな小学生いないよ。すごい美人なのに」 「もう飽きてきたし、天音ちゃんに一目ぼれしちゃった♪3年後でいいからキープしといてくれない?」 「わかったわよ。お兄ちゃん、わがままなんだから。それじゃ、カプセル動かすわよ。みんな、ちょっと手伝って!」 女性スタッフ4人が左右のカプセルに集まり、素体(天音に変身)が入っている右側カプセルを左側カプセルの位置に移動させた。左側にあった天音(オリジナル)が入ったカプセルは、カプセル内の溶液が濁った状態で部屋を出てエレベーターに運ばれていった。 「古賀さん、カプセルの溶液を排出」 「解りました」 天音に変身した素体側のカプセルの溶液が排出されていく。溶液が完全に排出された時には、カプセルの壁面にもたれ“女の子座り”の状態になっていた。頭には天使の輪、半開きの瞳は金色の状態で、まったく呼吸していない状態だった。 その様子を見ながら、所長とまりあは、話し合っていた。 「めぐみ、今日のこれからの予定はどうなっているの?」 「この後3時から、元民自党総裁の大河原三郎氏が孫の健太郎君とプライベートでこのテーマパークに遊びに来る名目で、こちらに来られます。健太郎君が素体側に入って三郎氏の意識を“上書き”する予定。三郎氏の身体は、数時間後、心臓発作を誘発させます。」 「その後は?」 「4時から、心臓移植が行なわれるわ。心臓病の子供とこの施設に保管してあるオリジナルの身体と適合したので、脳死名目で摘出し手術よ。8時からは富豪のおじいちゃんの意識をこちらで保管しているオリジナルの小学2年生女の子に上書きさせる予定。全財産投げうっても人生やり直すんだって。その後、どうするか知らないけど。また別室で、エンジェルフォーゼで人気がでていないオリジナルの身体をクリーニングして素体化を行なう予定だわ」 「んー、ざっと計算して4億3000万ってとこか。」 「まぁ、そのうち半分は、献金だけどね。さて、そろそろ天音ちゃんを起動させるわよ。お兄ちゃん、しっかり“まりあちゃん”してね」 「だてに、20年“まりあちゃん”してないよ(笑)」 所長はカプセル内で“女の子座り”している天音に変身した素体に近づき、半開きになってい右目の金色の瞳を強く押さえた。すると閃光が走り、髪は銀色に肩からは銀色の羽翼が生え、天使のように変身した。 「うん、大丈夫ね。心臓も動いているわ。しかし素体の寿命は、どうにもならないものかしら。3年って。」 「色々研究されたけどね、3年が限度だね。でも、3年間天使になれるのだから幸せなんじゃない(笑)あっ、目覚めたみたいね。・・・天音ちゃん、天音ちゃん、大丈夫?」 ぅうん?・・・あっ、まりあちゃん・・・ 「天音ちゃん、起きた?ほら、自分の姿を見て。」 あ、あたし、天使になってるよ。ほら、羽根が、羽根が生えてる! 「そうなの。これ見えるだけで、全然動かないのよ(笑)」 もう、まりあちゃんったらー(笑) 「それじゃ天音ちゃん、この天使の姿のまま、下のテーマパークに行こっ!」 うん♪ ふたりの天使が無邪気に微笑んでいた。・・・いや、ひとりは“邪気”に微笑んでいた。 (つづく) |