ファスナーを開けて 2

輝晒 正流 作

 俺は窓を開けて、部屋の掃除をしていた。
 時刻は、夜の8時少し前くらいだ。
 後少しで、掃除機をかけ終わるころだ。
 窓の外に、明るさを感じて、目をやるとひとりの女性が、ふわふわと浮いていた。
 こちらに、視線をむけて、ぎこちなく微笑みかけてくる。
 俺は、再び掃除に集中する。
 この後は、大学の研究の資料を整理しなくちゃいけないし、10時からは毎回欠かさず見ているテレビドラマを見るのだ。
 ヘンなのに付き合ってる時間はない。
 ひと通り掃除機をかけ終わると、俺は掃除機を片付ける。
 続いて、研究資料を取り出すと、机に向かった。
 「お邪魔します」
 小さな声で、彼女は言って入ってきた。
 「土足厳禁」
 彼女が畳に降り立つ前に、注意する。
 「は、はい」
 着地せずに、彼女は畳すれすれの所に留まった。
 俺は、彼女に構わず資料に目を通す。
 しばらく、時間が流れる。
 「・・・・・・。あのよろしいでしょうか」
 申し訳なさそうに、彼女が尋ねた。
 「今、忙しい」
 「・・・・・・。私を見ても、なんとも思わないですか?」
 「昔から、霊感は強かったからね。幽霊の類なら、たくさん見てきたもんで。今もあんたの後ろに女性の霊が漂ってるよ。浮遊霊のまなみちゃん」
 「ええっ!」
 彼女は、驚いて、周囲をキョロキョロする。
 どうやら彼女には見えてないらしい。
 「悪さはしませんか?」
 彼女の問いに、俺は答えず、再び勉強に集中する。
 「・・・・・・。あ、あのぉ」
 「俺は忙しいの。訴えたいことがあったら、一方的にしゃべって、さっさと帰ってくれる。もっともここじゃ、成仏できないけどな」
 「私は、幽霊じゃありません!」
 「・・・」
 俺は、すでに勉強に集中している。
 「私は、天使見習のソプラノと申します。天使になるために、人々を幸せにすることを修行としています。今日はあなたに幸せになってもらうためにきました」
 「だったら、最初からそう言えばいいのに」
 俺は立ち上がり、彼女に近寄ると、ヒョイっとだっこをすると、ベッドに寝かせた。
 「きれいだよ」
 俺もベッドに乗って、いつものように、女の耳元に囁いた。
 呆然としているソプラノ。
 俺は上体を起こし、ソプラノの肩の両側に手をついて、彼女の顔を見つめた。
 「あの、なにを・・・」
 「一緒にイイことして、幸せになろう」
 「え゛っ!」
 ソプラノの顔に斜線がかかる。
 「そんなことすると、私天界に帰れなくなってしまいます」
 「一生ここにいてもいいよ」
 俺は彼女の唇を奪おうと、顔を近づけるが、ソプラノは取り乱して、どうにもできなくなっていた。
 「やめて、たすけてー」
 「俺を幸せにするんじゃなかったのかよ」
 「そういう意味の幸せじゃ、ありません!」
 「じゃぁ、どういうの?」
 「私は、道具を作り、それで人々を幸せにするんです」
 「ローターとか、バイブとか?」
 「私をなんだと思ってるんですか!」
 ソプラノが顔を真っ赤にして怒鳴った。
 「冗談じゃないですか」
 「そういう冗談は、大ッ嫌いです!」
 「嫌いになったんだったら、早く帰って。忙しいから」
 「いやです。意地でもあなたにモニターになってもらいます」
 「わかったよ」
 俺が引き受けたのは、からかえば面白そうだ。しばらく関わり合いになっておこう。そう思ったからだ。
 「では、説明に移らせていただきます。今回作ったのは、これです」
 そういって、彼女が取り出したのは、ファスナーだった。
 「・・・・・・」
 ソプラノは、俺の反応を待つように、しばらく黙っていた。
 俺が何の反応も見せないのがわかると、続けた。
 「このファスナーを、背中に貼り付け、なってみたいものを想像して、ファスナーを開けると、一時的に想像したものに変身できるんです」
 「ふーん」
 俺の生返事に、ソプラノはあからさまにムッとする。
 「質問は、ありませんか!?」
 「ない」
 「すごいとかも、思いませんか!?」
 「人間が作ったならすごいけど、天界の人間なら、たいしたことないんじゃないの?」
 「これでも、一所懸命作ったんですよ」
 「努力は認めるよ」
 「うぅ、ありがとう・・・って、どうしてあなたに慰められなきゃならないんですかっ!」
 「まぁまぁ。じゃ、早速試してみようか」
 俺は、ソプラノの手から、ファスナーを取り上げる。
 そして、おもむろにソプラノの背中に貼り付ける。
 「な、何をするんですか!」
 「実験」
 言うと、俺は、ファスナーを引き下げた。
 が何も起きなかった。
 「服の上からはダメなんです。残念でした」
 「じゃあ、脱がしてから」
 「やめてくださいって!」
 「安全かどうか、試してみなくちゃ」
 「天界で実験は済んでいますから、使用条件を守れば安全です。1回25時間以内、1週間で100時間以内の使用なら安全です」
 「万が一のことが起きたら?」
 「そういう処理をする専門部署があります。死んだら生まれ変わらせるとか、記憶を操作して矛盾がないようにするとか・・・」
 いらないことをしゃべったと、ソプラノは不安の表情をしている。
 「そんなことがあるんだったら、やめようっと」
 「そんなぁ、今回の道具では、危険なことをするわけじゃないので、絶対そんな事故は起きませんから」
 「そこまで言うんだったら、騙されてやるよ」
 「ありがとうございます。じゃあ後は、私は天界から観察させていただきますので」
 「ちょっと待ってよ」
 「ヒッ! まだ何か」
 窓から出ようとする足を止め、怯えたように振り返る。
 「最初ぐらい手伝ってくれよ」
 言うと俺は上半身裸になる。
 ソプラノは怯えて、壁に背中をくっつけている。
 「貼る位置はこの辺でいいのか?」
 彼女に背中を向けて、ファスナーを貼る位置を尋ねる。
 「は、はい。その辺りで大丈夫だと思います」
 ファスナーを貼ると、俺はソプラノを振り返る。さっきからなろうと考えていたものを、心に思い浮かべる。
 「な、なにか・・・」
 俺の表情を見て取って、ソプラノは不吉な予感を感じたようだ。
 ゆっくりと俺はファスナーを引き下げた。

 全身の感覚が一瞬途切れ、新しい感覚が生まれた。
 身体全体を、ごわごわしたものが包んでいる。
 オレは背中から、それを脱ぎ去った。
 「いやー、見ないでぇ!」
 ソプラノが叫んだ。
 オレがそのごわごわを脱ぎ去ると、素っ裸だ。その身体を見ようとする目を、ソプラノが塞いだ。
 「ずっとそうしてるの?」
 「だって、私の裸を見られたくないですから」
 そう、オレがなったのは目の前にいたソプラノだった。
 「本物じゃないんだから」
 「それでもいやです。早く戻ってください」
 「いろんなことしてからね」
 「ど、どんなことですか?」
 ソプラノは恐れながら尋ねた。
 「こんなこと・・・あン」
 オレはソプラノの姿をした自分の胸をやさしく撫でた。
 「や、やめてー!」
 ソプラノが叫んだ。
 「下のほうも・・・」
 割れ目に指を這わせて、最後に小さな突起に触れる。
 初めて感じる感覚に、全身に電気が走る。
 「ああん」
 「やめてください。どうしてそんなひどいことするんですか?」
 泣き崩れて、ソプラノは涙声で訴えた。
 「それはね、君がかわいいからだよ」
 「・・・・・・」
 ソプラノの葛藤が表情にも表れる。かわいいと言われるのは嬉しいが、だからといってそのためにこんな目に会うのは理不尽だというところだろう。
 そういう戸惑いの表情もかわいいものだ。
 「帰ります」
 涙を振り切るように、ソプラノは強く言い放った。
 「気をつけて」
 そう言ったが、ソプラノはなにも応えず、窓から出て行った。
 だいぶショックだったようだ。

 ソプラノが去った窓を閉める。
 「やりすぎたのでは?」
 浮遊霊のまなみが言った。
 「あんたに言われたくはない」
 実はこのまなみ、淫乱で毎晩夢の中でオレに迫ってくるのだ。おかげで女嫌いになりかけてる。
 「さあて、もとに戻ろうっと」
 「戻っちゃうんですかぁ?」
 もったいなそうに、まなみが言う。
 「何だよ」
 「あたし、レズプレイにも興味あるんですぅ。だから今日はそのまま寝てくれませんか?」
 まなみのその発言に、オレの今夜の運命は決したのだった。(泣)
 
“ファスナーを開けて 2” ひとまず、完


登場する人物は、すべて架空の存在です。実在のものとは、一切関係ありません。

2011年 輝晒正流