Sleep On My Baby

作:JuJu





「ママ、眠る前に人間様のお話しをして」

 女の子の体は繭に包まれていた。顔だけ出している。

「あなたは本当に人間様のお話しが好きね」

 ママは羽を動かして、愛情の表現をしてから語り始めた。

「――昔むかし。

 今から遥かな昔。まだ人類が誕生していなかった頃。

 世界は土と岩だけが広がってました。

 そこに、私達人類を作った人間様が、たった一人でいらっしゃったのです……。

* * *


「こんにちは。私は精霊のブラッセリともうします。あなたの願いを三つ叶えに参りました」

 ショウの前に、アラビア風の衣服をまとった女性が現れた。

 人間に似ているが、背中に虫のような透き通った羽が生えている。

 ブラッセリがショウに近づくと、彼が気絶している事に気が付いた。

 これでは願いを聞くことが出来ない。

 彼が目を覚ますのを待つことにした。

 ブラッセリは座ってショウの頭を自分の膝に載せた。

 辺りを見た。

 見渡す限り岩と土の広野。希に草が生えていた。

 土は赤く、ここが地球だとはブラッセリには信じられなかった。

 どこか遠くの星に飛ばされてしまったのではないかと思った。

 濁った水がわき出ている。

 この水を飲んで、生きながらえているらしい。

「う……うん? ここは? え? あんたは?」

 ショウは目を覚ました。

 彼は女性の膝にいることに驚いて、起きあがった。

「もう少し寝ていた方がいいですよ」

「いやその……、もう大丈夫だ。ありがとう。

 それより、俺以外に人間が生きていたとはな!」

「ここは地球ですか? どうして、こんな世界に?」

「俺にもわからん。

 俺は地下にあるエネルギー庫のメンテナンスをするのが仕事だった。交代でメンテナンスをするためコールドスリープで長い間眠っていた。

目覚めたら、誰も居ない無人の星になっていたんだ。

 まるで浦島太郎だ……くっ!」

 シュウは倒れそうになる。

「大丈夫ですか? 失礼ですがあなたの顔色は優れていません。ちゃんとご飯は食べてますか?」

「食料は尽きた。もう三日何もくっていない」

「それはいけません。食事はちゃんとしないと」

「そうだな。生き延びるためには食い物を捜さないとな」

「食料。それがあなたの一つ目の願いですね。では」

 ブラッセリが手を掲げると手に星の飾りの付いた棒が現れた。彼女がそれを一振りすると、真っ赤な大地から木の芽が生えた。

 木の芽は成長し、花が咲き、大きな実を付けた。

「植物の急速栽培? それにしたって……わからん。どんなテクノロジーだ?」

「科学ではありません。魔法です」

「魔法?」

「これはパンの実と言って、栄養満点。実の中には甘い汁も入っているので、もうこんな濁った沸き水を飲まなくても大丈夫ですよ。次々と実をなるので、もう食べ物の心配はありません」

 ショウはパンの実を喰った。

「満足していただけましたか? それでは二つ目の願いを仰って下さい」

「二つ目の願い?」

「あ! 忘れてました。私は精霊ブラッセリともうします。あなたの願いを三つ叶える為に来ました」

「精霊? 三つの願い?

 もしかすると、三つの願いを叶えてくれると言うおとぎ話か?

 信じられないが、こうしてパンの実がある。

 願いを叶えてくれると言ったな? だったら俺を不老不死……無理なら寿命を伸ばしてくれ。

 俺が目を覚ましたら、世界はこんな事になっていた。

 どうして人類がこんな事になってしまったのか知りたい。

 その為には、ぼう大な時間が必要なんだ」

「もうしわけありませんが……」

 ブラッセリが魔法の棒を振ると、空中に分厚い本が出てきた。

 彼女は本を開いてショウに見せたが、見たこともない文字が並んでいるだけだった。

「ここにあるように、その願いは神の領域です。わたしたち精霊にはそこまで許されていません」

「じゃあ、こんな世界になった理由と、人類はどうなったのかを教えてくれよ?」

「それも出来ません。以下のことは禁じられています。――不老不死・時を超える・歴史に関与する……」

「ああ分かった分かった!じゃあ、ここで俺と結婚してくれ!! 俺の代では無理でも、子孫が謎を解いてくれるかも知れない」

「それもダメです。私は一日しかここにはいられないのです」

「あれもダメこれもダメかよ!

 くそぅ! こうなったらやらせろ!! 飯を食ったから体力はバッチリだぜ!!」

「はい」

 ブラッセリは笑顔で頷くと、両手でショウの頬を触れた。ショウの頭を自分の胸に近づけた。

 ショウの顔を彼女の胸が包む。

 ブラッセリはショウを抱きしめた。

 ショウの頭をなでた。

 柔らかい胸のぬくもりと甘い香りに、ショウは頭の中が真っ白になっていくのを感じた。

「どうかこれで我慢して下さい。

 これ以上進むと、二つ目の願いとなってしまいます。

 あなたがそれを望むのなら私はかまいません。

 ですがそれでは何の解決にもなりません。

 負けないで下さい。私も一緒に考えますから」

(そうだ。世界中で俺だけが残されたのだとしたら、俺にはしなければならない事がある)

 ショウは顔を上げてブラッセリを見上げた。

 ブラッセリは微笑んだ。

 ショウは頷くと、ブラッセリから離れた。

 しばらく二人で考えた。

 ブラッセリが思い切った様子で話す。

「このままではあなたは老いて亡くなるだけです。

 あなたの言うとおり、今大切なのは子孫を残す事だと思います。

 そこで、あなたが女性になって、私と交尾をして、子供を産んで育てれば子孫が出来ると思います」

「女同士では子供は出来ないだろう」

「ご安心下さい。私達精霊は両性なのです。つまり男性の性器も女性の性器もついているのです」

「じゃあ、二ツ目の願いで女にしてくれ。そして三つ目の願いで俺と……」

 三つめの願いは使う必要はありません。それは私の願いですから。

 ショウは、夜の間ブラッセリと求め合った。

 朝になり、日が昇る。

「こんな地球でも、太陽だけはでるんだな」

「そうですね。まもなく時間です。三つ目の願いをどうぞ」

「三ツ目か。ないな。

 俺の願いは、子供だけだよ。

 人類に何があったのかは分からないが、もう一度、人類でこの地球を埋め尽くす。

 どんな形だろうと、人間の種を残す。

 人類を生き延びさせる。

 そうだな。じゃあ三ツ目の願いだ。

 俺と一緒に願ってくれ。

 俺の体に、子供が授かってる様に」

「はい」

 ブラッセリは跪いて、手を合わせて祈った。

 ショウも隣で祈った。

 二人は祈った。

 目を開けると、ブラッセリは居なかった。

 ショウは女になった自分のお腹をなでた。

「宿っているといいな」

* * *



 ――こうして、私達人類が誕生したのです」

「ママ、本当に人間様っていたのかなぁ?」

「さあ? でも、ママはいらっしゃったと思いたいな。そっちの方が浪漫があっていいじゃない」

「まあね。いいなぁ交尾。あたしも早く大人になって、ママと交尾したいな!」

「その為にも、早く寝なさい。

 目が覚めて、あなたが大人になったら、いっぱいしましょうね。

 それが人間様の教えだから」

「うん」

 女の子が目を閉じると、残っていた顔も繭に包まれた。

 ママは繭をなでた。

 女の子の長い眠りは、今始まったばかりだ。

 

(おわり)