第四幕 その7
JuJu


「さわって見ても、いいですか?」
「ああ……」
 真緒の問いに、敏洋は頷いた。
「はあっ!」
 真緒の手が敏洋の胸に触れた瞬間、敏洋の口から嬌声が漏れた。彼は頭の中が真っ白になり、痺れる様な甘い電撃が脳を走るのを感じた。
(――今のは、俺の声だったのか?)
 色っぽい女の声が自分の発した物だと理解するまで、わずかに時間がかかった。
 敏洋はこの体に恐怖を覚えた。
(これは、女の快感だけではない!)
 敏洋は直感した。
(男から比べて女の方が快感が強いと言うことは、真緒を見てわかっていた。だが、いかに女の体がすごいとしても、この快感は異常だ。だいたい、何かに触れただけでこれほど感じていたのでは、胸が窮屈なボンデージなど裏地が当たって着ていられなかったはずだ)
 敏洋はさらに考えを巡らせた。
(この体は淫魔の体だ。嫌らしい事をする為に造られた特殊な体だから、きっと嫌らしい事をする時に、感度が上がるように造られているのだろう。
 ――まずい。このまま、されるがままにされていたら、大変なことになる)
 敏洋は慌てて、真緒にやめるように言おうとした。だが、敏洋が止める前に、真緒はふたたび敏洋の胸を触れ始めた。
「真緒、待て! この体はただの女の体ではない。嫌らしい事を行う時に体の性感が特殊な状態になって……あうっ! だから、聞けって! 性感が人間の女性以上の……ああん!」
「うふっ。敏洋さん、なんだか女の人みたいで可愛いです」
「……真緒……違うんだ……この体は……淫魔の……。あううっ、そんなに強く揉んだら……うう……駄目だ……ううんっ!」
 敏洋が感じている事を察した真緒は、彼をさらに感じさせるために、胸を撫でる事から、揉むことに移行した。
(……こ、このままでは、俺は……快感でおかしくなってしまう……。その前に、なんとか真緒を止めなければ……)
 絶え間ない快感に襲われながらも、敏洋は真緒を止めようと、力を込めて叫んだ。
「真緒! やめろ! 手を止めて話を聞いてくれ!!」
 敏洋の訴える声を聞いて、真緒の手が止まった。
(やっと真緒を止めることが出来た)
 敏洋は大きく安堵の息を吐いた。
 だが、真緒の手が再び動き出す。
「真緒?」
 真緒は、嬉しそうに答えた。
「駄目ですよ。わたしがやめてくださいって言ったときも、敏洋さんはやめてくれなかったじゃないですか」
「そ……その事は謝る……だから……」
「どうして謝るんですか? 
 わたしはただ、敏洋さんにお礼がしたいんです。
 わたしはさっき敏洋さんにしてもらった事を、同じように、敏洋さんにしているだけです。
 敏洋さんにされたとき、すっごく気持ちよかったんですよ。だから、敏洋さんもわたしと同じ気持ちになって欲しいんです。わたしの時と同じように気持ちよくなって欲しいんです」
「真緒、違うんだ……あうっ……。だからこの体は……ああっ……淫魔の体で……はああっ!
 このままでは俺は……あああんっ!!」
「敏洋さんの今の気持ち、解ります。さっきまでのわたしと同じですから。わたしも最初、怖かったです。襲ってくる快感に飲み込まれたら、自分はどうなっちゃうんだろうって。快感で心が壊れちゃうんじゃないだろうかって。でも、その怖ささえ超えれば、言葉にならないほどの快感がまってます。だから、もう少しだけ我慢してください。
 わたしもこんな事は初めてですから、敏洋さんにどこまで気持ちよくなってもらえるか心配ですが、さっき敏洋さんにして貰った事を、同じようにすればいいんですよね?」
 真緒は敏洋の胸に顔を近づけると、舌を伸ばして彼の乳首を舐め始めた。
 何度何度も舐めた後、真緒はやっと敏洋の胸から顔を離した。
 彼の乳首を観察する。唾液に濡れそぼった乳首は月の光を反射し、宝石のように輝いていた。
「あっ、立ってますよ? 乳首。ちゃんと感じてくれているんですね? よかったです!
 もっと感じて欲しいから、わたしがんばります!」
 真緒は敏洋の乳首をくちびるで挟むと、丁寧に舌先で突っついた。
 さきほど敏洋が真緒にした行為を、真緒はそのままくり返した。
 敏洋は、乳首から発せられるこの世の物とは思えない甘い快感に襲われた。
「どうですか敏洋さん。気持ちいいですか?」
「気持ちよくなんか……ない。だから、もうやめてくれ」
 気持ちよくないと言う返事は、真緒を止めるための嘘だった。実際の敏洋の精神は、胸の快感だけで限界を迎えそうだ。
 これが男の体だったら、心身共に絶頂まで達していただろう。だが、今の敏洋の体は、淫魔の体だった。淫魔の女の体はまだまだ絶頂に達するには遠かった。敏洋の精神は絶頂を迎えようとしているのに、共に絶頂を迎えるべき体が限界まで行っていない。そのために、敏洋の精神もまた、絶頂を迎えられずにいた。
「本当に気持ちよくないんですか? 気持ちよくなってもらえないのならば、やめちゃおうかなぁ? 敏洋さんもやめて欲しいっていってるし」
「……」
 真緒は敏洋の胸をせめるのを中止した。
 途端に、今まで襲っていた快感が止まった。
 だが、すべての快感が消えたわけではなかった。先ほどまでの快感が、余韻を引きずるように体に残っている。いっそのこと一瞬にして、すべての快感が消えてしまえば、これほど苦しくはないだろう。
 すでに雌としての回路が入ってしまっている敏洋の肉体は、中途半端な所でお預けを喰らい、はやく続きをして欲しいと切望している。
「何か言ってください。本当にやめて良いんですか? 答えてくれないと、続きはしてあげません!」
「……」
 真緒の問いに対して、敏洋は押し黙っていた。口を開ければ、続けて欲しいと言ってしまいそうだったからだ。
 彼を支えたのは、男としてのプライドだった。女の体で絶頂に達する訳にはいかない。なにより、そんな姿を、真緒にだけは見せたくはなかった。
「敏洋さんの悪いところは、素直じゃないところです」
 真緒は再び、くちびるで敏洋の乳首をくわえた。そして左手で、もう片方の胸を弄ぶ。今までは片胸ずつだったのが、今度は一度に両胸をいじられる。敏洋は焦った。
「き、気持ちよくなんかない! だから、もうやめてくれ!」
「やっと、返事をしてくれましたね。
 わかりました。
 それじゃ、本当かどうか、確かめてみますね」
 真緒は、敏洋の胸から顔を離した。
 そして、敏洋の体に腕を伸ばすと、彼の着ているボンデージを両手で掴んで下ろし始めた。


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