第二幕 その4
JuJu


 口の中から襲って来た突然の感覚に、敏洋はとまどった。それはジャコマに男根状の舌を入れられた、あの快感を思い出させた。
 敏洋は目を開き、視線を口元に動かした。そこでは、ゼリーから伸びた長い触手が、自分の口に入り込もうとしている所だった。
 敏洋は驚いた。だが、そんな戸惑いも怖れも、快感によって溶けるように消されて行った。この快感のためならば、ゼリーが口に入って来ても良い。むしろ、この快感を維持するために、ずっとこのゼリーを含んでいたい。そんな考えが、敏洋の頭の中を素早く占めて行く。
 ゼリーに飲み込まれまいと、床にしがみついて立てていた腕が力無く崩れた。敏洋は、床に這いつくばる姿になった。
 すべてを忘れて、ゼリーがもたらす快感に酔いしれていたい。そんな気持ちが全身を包み込む。
 もしも何も知らなければ、このまま快楽に流されていただろう。だが敏洋は、これが罠だと言う事に気がついていた。
(ジャコマの時と同じ手法だ。ゼリーになっても、手口は同じだな)
 敏洋は甘美な気持ちを振り切り、歯を立ててゼリーを喰いちぎった。
 ゼリーは口の中でかすかな音を立てて、簡単にちぎれた。
 先端を喰いちぎられた触手は、逃げるように本体に戻っていった。
 分断された口の中のゼリーは次第に動きが鈍くなり、最後に動かなくなった。快感も消えた。
 体に残る未練の気持ちを断ち切ると、敏洋はゼリーを吐き出そうとした。
 その時、ちぎったゼリーが再び動きだした。
 ゼリーは敏洋に逆らい、のどに向かって進み出した。自らの体を、喉の奥深くに強引にねじり込ませてゆく。
 ゼリーが喉を通り抜ける。甘い快感が走る。
「ああっ!」
 快感に思わず声を上げてしまう。それはまるで、喉全体が充分に開発された性器と化し、そこにゼリーが通り抜けていく様だった。
 さらに、再び口元にゼリーの感触が襲って来た。先端を喰ちぎられた触手が、再度、口から潜り込もうとしていたのだ。
 敏洋はあわてて口を閉じた。手のひらで口を塞ぐ。
(これならば、ゼリーは入って来られまい)
 ゼリーが口の前で立ち往生している事に、敏洋は安堵した。
 やがてゼリーは、口からの進入はあきらめたらしく、今度は鼻の穴から進入しようとしてきた。
 敏洋はとっさに鼻を摘んだ。床に両ひじをつき、片手で口をふさぎ、片手で鼻をつまんでいる。
 だが、口を閉じ鼻を押さえると言うことは、息が出来ないという事だ。しばらく息苦しさに堪えていた物の、すぐに苦しくなって息を吸ってしまった。
 それをゼリーは見逃さなかった。息を継ごうと口を開いたわずかな間(ま)、その瞬間を狙い澄ませていたように、吸い込む空気に紛れ込んで、ゼリーは敏洋の口の中に入り込んだ。
 快感が、再び敏洋を襲った。
 体内に入ったゼリーの量に比例して快感も大きくなり、快感に身を任せたいという気持ちも強くなっている事に、敏洋は気がついた。
(このままでは、いずれゼリーの及ぼす快感に理性が負けてしまう)
 敏洋は口と鼻を押さえる事をあきらめ、匍匐(ほふく)するように手から肘までを床に当て、這いつくばって前に進んだ。
(ゼリーの動きは遅い。ゼリーよりも早く這えば、抜け出せるかもしれない)
 敏洋の考えは当たった。
 力を込めて腕を動かすたびに、わずかだが、敏洋の体はゼリーから抜け出てくる。
 口や鼻を攻めていた触手も、ゼリーの母体に戻っていった。
 好機と悟った敏洋は、残った力をすべて振り絞った。
 肩の近くまで飲まれていた敏洋の体も、今では、腹、ひざ、と少しずつゼリーから抜け出ていた。
 そしてついに、敏洋の体はゼリーから完全に抜け出た。
(よしっ!)
 敏洋は心の中で、強く喜んだ。
 だが、やっとゼリーから抜け出せたと安堵したその時……。
「うわわっ!」
 あれほど堅く閉じていた口を開け、のけぞりながら叫び声を上げた。
 ゼリーが尻をなでたからだ。
 敏洋の姿は、上半身は腕を折って伏せていて、下半身は尻を持ち上げている。その姿は、ゼリーに向けて尻をさらしている体勢になっていた。
 振り向くと、先端を喰いちぎられた触手が、今度は尻の穴から入り込もうとしていた。
 敏洋は出口に向かうことを中止して、片手で尻の穴を塞いだ。そして、もう一方の手で触手を引っ張った。
 触手は引っ張ると、簡単にちぎれた。
 だが、触手はちぎられても、ひるむことなく、敏洋の尻の穴に入り込もうとした。
 敏洋は、自分の尻を這う触手を、ちぎっては床に投げ捨てた。
 床に散らばってゆく、引きちぎられたゼリー。それらが、敏洋めざして床を這い出した。小さく分割さたゼリーたちは、敏洋の体に群がった。まるで意識を持っているかのように、それぞれが口から、鼻から、耳から、へそから、そして男根の先からと、次々と目標を定め、進入を始めた。
 さらに、敏洋に追いついた巨大なゼリーの母体は、足を包み込んで動けないようにし、その上、彼の足を開かせようとした。
 小さなゼリーたちは、敏洋の体中の、穴と言う穴を探しては潜り込んて行く。
 ゼリーが体内に滑り込む時、激しい快感が起きた。ジャコマの舌が口に入っていたときと同じ激しい快感が、今度は口だけではなく、体中の穴という穴で起こっていた。
 その快感が、敏洋のゼリーを掴む手の動きを鈍らせ、体の穴を塞ぐ手の力を弱めさせた。
「あっ……あっ……。そ、そこは……! やめ……やめろ……!」
 ゼリーが体内に込んだ量に比例して、快感も深く強くなってゆく。そのために抵抗は弱々しくなる。
 敏洋の心は、それでもあらがっていたが、どんなに心で抵抗しても、肉体の方はすでに、喜んでゼリーを受け入れるようになっていた。
 敏洋の意志に逆らい、体が勝手に、ゼリーが入りやすいように、口を開け、股を開き、尻を突き出す。
 認めたくはなかったが、敏洋は、肉体がゼリーの及ぼす快楽に負けた事を知った。圧倒的な快感の前に、敏洋に為すすべなど無かった。
 結局、敏洋の必死の懸命な抵抗もむなしく、大量のゼリーのすべてが、敏洋の体に入り込んでしまった。
 ひと一人分の大きさもあったゼリーが体内に入ったにも関わらず、彼の外見に大きな変化はなかった。
 ゼリーの進入の終わりと共に、快感も終焉を迎えた。だが、その余韻は今でも敏洋を襲い続けていた。
 あまりの快感に、敏洋は半ば意識を失って床に伏している。
「……」
 快感が退いていく。彼は、失いかけた意識の中で、ジャコマだったゼリーとの戦いが、すべてが終わった事を知った。
 目を開いた。ゼリーに襲われたときに、どこかに落ちたのだろう、愛用の眼鏡もいつの間にか外れていた。だが、その眼鏡を探し出すよりも先にしなければならない事があった。
「ま……真緒。真緒に……魔物が出た事を知らせ……、マザーにも……」
 敏洋は立ち上がると、ふらついた足で、図書室の出口に向かって歩き出した。
 だがわずか二、三歩歩いたところで、敏洋はひざをつき、天井に向かって叫び声を上げた。
「あっ!? ああああっ!!」
 その叫び声は、苦しさによるものというよりは、快感にあえいでいた。
 収まりかけていた快感が、ふたたび彼を襲い始めたのだ。
 敏洋は、目をつむり、あごを上げ、荒い息と交互に叫び声を上げた。
 今までの様な体の部分からではなく、体の全体、すべての場所から快感が発せられた。体の芯から、骨から、肌から、指先から、足の先から、脳の奥から。快感は体の隅々から発生し、快感の無い場所はなかった。その強さは、先ほどのゼリーが体内に入ってくる時など、比較にもならなかった。
 敏洋の顔は快感にゆがんでいる。薄く開いた目は焦点があっておらず、虚空を見つめている。だらしなく開いた口からは涎が垂れていた。
 突然、敏洋は目を見開いたかと思うと、すぐに目を閉じた。
「くぅぅ〜っ! うううぅぅ……っ!!」
 狂ったような嬌声を上げる。
 同時に、彼の肉体に変化が見え始めた。
 真っ平らの男の胸。その胸の乳首の周りが、ゆっくりと盛り上がり始める。やがてその盛り上がりは、胸全体に広がってゆく。まるで、内側から空気でも入れられているように、胸が膨らんでいく。かなりの大きさにも関わらず、張りがあり、垂れることもなく、その艶めかしい形を誇示したままそそり立っていた。さらに乳首も大きくなり、その桃色の乳首は、艶のある胸の頂点で起立していた。
 胸とは逆に、腰は細くなっていった。腹もへこんだ。腹の上の方には、女性らしいあばら骨が浮き出る。
 肩の幅も小さくなり、筋肉だけでなく骨格まで変化していた。
 手の指も細くなっていく。
 太ももも、筋肉ばった物から、柔らかい丸みを帯びたものへと変わっていく、すらりと伸びた足は、脚線美の色気まで持ち合わせた。
 さらに、男の象徴というべき男根にも変化が現れた。青年らしい大きな男根は縮み始め、大きさといい形といい中学生くらいの男根に変化した。さらに縮小はとまらず、小学生くらいのの男根、そしてついに赤ちゃんの物になってしまう。最後にはついに体に吸収され、男根のあった部分、股間は真っ平らとなった。
 だが、局部の変化はそれだけでは収まらなかった。吸収だけではすまされず、男根があった部分はさらに内側にへこんでゆき、ついに穴になった。その穴が変形し、切れ長な割れ目を持つ膣、女性器その物に形造られてゆく。
 全身の肌も、なめらかな物に変わっていった。むだ毛が抜け、ジャコマの肌と同じ褐色に変わった。
 髪が伸び、その艶(つや)は澄んだ湖の水面のように光を反射した。
 顔は、ジャコマの色を濃く出していたが、敏洋の面影も残っている。ジャコマの顔と敏洋の顔を、融合させたようだった。
「アアッ、アアッ!」
 変身の間にも、敏洋は何度も声を発した。その声も、発するたびに高くなる。
「……アァァァァッ!」
 敏洋は、今までで一番激しい声を上げた。その声は女のように甲高い――いや、それはまさに、女性の声だった。
 最後の叫び声と共に、変身は止まった。
「ハアハア……ハア……」
 敏洋は荒い息を吐いた。その顔は紅潮している。

   *

 図書室は、開け放たれたままの窓から秋のひんやりした風が入って来て、窓のカーテンをはためかせている。
 その風に髪をたなびかせ、図書室でひざ立ちをしている裸体の美女――敏洋は、目覚めるように瞳を開けた。


(第二幕 終わり/第三幕につづく)