「檻〜ORI〜」 序章・白い檻(一)
作:JuJu



 目ざめた時、わたしは白い世界に転がっていた。
 薄く開いた目から入る部屋は真っ白で、なにも置かれていない。
 頭の中も真っ白だった。頭に白い靄(もや)が詰まっていて、なにも考えられない。
 朝、目をさます直前の感覚に似ていた。
 裸なのだろう。床の堅さと床の冷たさを、体全体に感じる。
「裸!?」
 自分の叫んだ声に、自分で驚いて正気に戻った。
「ここは、どこ!?」
 起きあがろうとしたが、腕が動かない。両腕は背中に回され、手首を合わせるように縛られている。足首もやはり縄のような物で、束ねるように縛られていた。
(落ち着け、落ち着け……)
 わたしは焦る自分の気持ちを、なんとか抑えつけた。とにかく、ここがどこなのか把握しなくては。
 わたしは体を転がし、部屋全体を見た。
 天井から床まで、磨いたように真っ白に光っている。縦も横も奥行きも同じ長さ――目測だが、一辺は五メートルくらいだろうか――の真四角の部屋だった。天井には照明が埋め込まれているらしく、一面全体が輝いている。あとは、換気口らしい小さな格子が二つと、出入り口らしいドアが一つ。他には何もなかった。
 次に考えたのが、わたしはどうしてこんな所で眠っていたのかと言う点。
(眠っていたんじゃない、眠らされていたんだ!)
 わたしを眠らせた薬品の副作用だろう。いまだに頭がはっきりとしない。
《カチャ》
 背中でドアが開く音がした。入ってきたのは、わたしをここに連れてきた奴にちがいない。
《誘拐》
 その言葉が脳裏を横切った。そうだ、わたしは誘拐されたんだ。ぼんやりしていた精神が、急速に現実へと引き上げてられていく。薬品のためにぼんやりとしていた頭も、ハッキリしてきた。
(顔を憶えてやる)
 記憶力は自信があった。後で捕まえられるように、顔も、体格も、声も、何もかも、似顔絵が描けるくらい精密に、頭の中に写しとってやる。
 わたしは体を反転させ、部屋に入ってきた人物に目を凝らした。
 入ってきたのは、一人の女の子だった。――それだけじゃない。女の子は、自分にそっくりだった。まるで双子のように、いや、双子でさえここまで似ないだろうと思えるほどだそっくりだった。
「あなたは誰?」
 わたしは思わず尋ねた。
「わたし? わたしの名前は今井奈美」
 声までわたしにそっくりだ。
「ふさげないで! それはわたしの名前じゃない! 早く縄をほどいて! 服を返して! ここはどこなの? どうしてあなたは、わたしそっくりな――」
 彼女はしずかに微笑んだ。ゆっくりと近づいてくる。顔も、体も、声も、すべてがわたしにそっくりな彼女だが、その微笑む表情だけは、わたしにはない妖艶さが浮かんでいた。
 彼女はわたしの目の前でしゃがみ込むと、わたしの言葉を遮るように、わたしの口に吸い付いた。偽者のわたしは、くちびるをこじ開け、舌をわたしの口の中に這わせる。わたしは口を離そうとしたが、彼女は両手でわたしの頭を抑えつけ離そうとしない。
 初めてのキスを自分……ううん、自分にそっくりな何者かに奪われるなんて。
 左胸に手の感触がした。偽者のわたしがわたしの胸に触れていた。
「んー! んー!」
 叫びたかったが、偽者のわたしにくちびるを吸われて言葉が出ない。
 やがて偽者のわたしの指先は、腰を舐めるように伝わると、股間にある……自分でもさわった事のない大切なところに触れた。

(つづく)