人魚と猫娘

作:月より&toshi9





 ある寒い日の夜、とある場所で作業台を前に白衣の女性が一人黙々と作業していた。
 
「うふふ、今からあなたたちを素敵な姿にしてあげるわ」

 彼女の目の前には、二つの白い不定形の物体が置かれている。だがその物体は、彼女にまるで反応しようとしなかった。

 白い物体の一つに手を伸ばす女性。だがその手はなかなか動き出そうとしない。

「ふぅ〜、でもこの子、どんな姿にしてあげようかしら……」

 彼女が“この子”と呼んだそれは、相変わらず無機質で何も返事しようはしない。

「よし、決めたわ」

 女性は、何かを決心したように“この子”に自分の手のひらを当て、手に力を込めていった。

 みるみる“この子”は、その姿を変えられていく。

 10分後、不定形だった“この子”は、上半身は美しい女性の姿だが下半身は魚のように尾ひれのついた姿になっていた。

 そう、不定形だった“この子”は人魚の姿に変えられてしまったのだ。

 最後に顔が整えられ、少し苦しげな表情が現れた。

「うん。上出来、上出来。とってもかわいい人魚ちゃんになったねよ♪」

 女性は、満足そうに人魚になってしまった“この子”の手にロープをくくりつけた。

 人魚になった“この子”の表情は、一層苦しさを増したように見える。

「その姿で明日は……うふふ、楽しみ。さあて、次はっと……」

 彼女は満足そうに笑いながら、置かれていたもう一つの白い物体に手を伸ばした。

「あなたは……っと」

 彼女の頭の中には、もうすっかりイメージが出来上がっているのだろう。白い物体はみるみるその姿を整えていく。

 それは猫のコスチュームに身を包んだ猫娘の姿だった。

 人魚とは対照的に、その表情は彼女の手で、笑いを浮かべたものに作り上げられていく。

「あなたたち、とっても素敵な姿になったわ。明日は二人一緒にお店にでてもらうわよ」 

 その女性は、人魚と猫娘にさらにいろいろな飾り付けを施すと、自分で動けない彼女たちを作業場から運び出し、真新しい店舗の中で一番目立つ場所に飾った。

「準備OK♪ うふふふ、あなたたち、いい人に買われるのよ♪」

 作業を終えた女性は、満足そうに微笑むのだった。






 翌日、入り口にオープン記念という張り紙が貼られたその店の中は、大勢の客でごったがえしていた。

 そしてあの人魚と猫娘の前にも、何人もの客が足を止めては去っていく。

 人魚と猫娘はその日の朝からずっと昨日飾られたままの姿で固定されていた。人魚に抱きついた猫娘がその尻尾をぺろっと舐めたままの格好で……。





「それにしても美味しそうだにゃあ♪ それにとってもかわいいにゃん♪」

「私は……美味しくないと思うよ。かわいいのは認めるけど」

「美味しくにゃいの? すごくいい香りもするし、尾っぽのところ食べてみたいにゃん♪」

「だめ! 勝手に食べちゃだめだよ。お店の人に怒られちゃう。それにいい香りがするのは店の中だからだよ」

「でも、誰かに買われて食べられるんだにゃん」

「そうだよ、誰かに食べられちゃうんだ。考えただけで悲しくなっちゃう……」

「別に泣かなくてもいいにゃん。あっ、値段って3980円なんだにゃん」

「3980円か……高いんだか安いんだかよくわからないね」

「手に縛られたロープ、とっても痛そうだにゃん……」

「それをいうなら“ロープに縛られた手”でしょ。それに食べられる時って、もっと痛いと思うよ」

「そんなこと考えても仕方ないんだにゃん。ほら他にもおいしそうなの、いっぱいあるにゃん♪」

「いいね。頭の中、食べることでいっぱいで。でも私もお腹すいてきちゃった……」

 会話を続ける二人。

 だがそこに、ある女性が割り込んできた。

 二人は慌てて会話を止めて振り返った。







お母さん:舞ちゃん、真央ちゃん。ここにいたのね♪ なに見ていたの。
      あら、かわいい人形ね。へ〜、これってお菓子なんだ。

真央  :あたしは猫娘だにゃん♪

舞   :もお、真央ったらこれ見つけてから、この人魚の人形が食べたいって、
     ずーっと猫の真似してるんだから。


お母さん:あらあら、なにして遊んでいるかと思ったら。

真央  :これ欲しいにゃん♪ お母さん。

お母さん:お誕生日とかだったら、買ってあげるからね。
      今日は、家に帰ったらショートケーキ食べようね。

真央  :わ〜い、だにゃん♪

舞   :お母さん。これって、かわいいけど美味しいの?

お母さん:どうかなぁ〜? 実際食べてみないとわからないけど、
      でも食べてしまうのが何だかもったいわね♪ 
      ふ〜ん、作品名“人魚と猫娘”か。両方ともとってもかわいいし、
      それによく見ると後ろの背景は編み模様のクッキー、
      地面はウエハースなんだ。よくできてるわ〜。

舞&真央:わぁ〜。ほんとだぁ〜♪

お母さん:ケーキ買ったし、もうそろそろいくわよ。
      いつまでも見てるんだったら、家でケーキ食べられないからね♪

舞&真央:あっ、待って、待ってよ〜、お母さ〜ん!

女性店主:あ、ありがとうございました♪




 さっさと店を出て行くお母さん。

 真央と舞は、置かれた“人魚と猫娘”を少し名残惜しそうに眺めていたものの、慌ててその後を追いかけていった。

 そんな三人の親子が出て行く姿を、女店主は少し残念そうに見送っていた。

「あ〜あ、せっかくオープンの目玉に作ったお菓子なのに、なかなか売れないものね」

 女店主の言葉に、お菓子でできた「人魚」と「猫娘」は心なしかほほえんでいるように見えた。





(終わり)