新・ゼリージュース。その名は「時間制限:∞(無限)






「やべえなぁ・・・これ」

俺は手鏡に映る顔を見つめながらつぶやいた。鏡に写る金髪の美女。それは昨日までの俺の顔だった。

「なんでだよ。俺は元に戻っているはずじゃなかったのかよ」

俺は鏡にうつっている金髪の美女に向かって困惑の言葉を投げかけた。だがは、俺と同じように、鏡にうつっている美女も困惑した顔をして俺を見つめるだけだった。

「こんなことなら身代わりを引き受けるんじゃなかった」

俺は恨めしい目つきで、こちらをにらんでいる金髪美女をにらんだ。

 

「俊之君。助けてほしいのです」

ある食品会社の研究所に勤めている従兄の寺田正行が、今の俺そっくりの金髪美女を連れて俺のワンルームの部屋にやってきたのは一カ月前のことだった。小太りで、いまどき流行らないロイドメガネをした彼は、どことなくダチョウ倶楽部の上島を思い出させた。ただ、彼ほど短気(演技なのだろうが)ではなかったが・・・

「どうしたんだよ。それのそっちの彼女は?」

小さい頃から勉強しか興味がなく、人付き合いも苦手な彼には、友達がいなかった。そんな彼と付き合っていたのは七歳年下の俺ぐらいだった。昔から小太りで運動神経も欠け気味の彼を悪戯の標的にしていたのだが、それでも付き合ってやる俺に彼は親しみを覚えていたようだった。そして、高校受験や大学受験の時も家庭教師を買って出て、ほとんど勉強しなかった俺が担任の教師が進学指導に自信をなくすほどの偏差値が高い大学まで進学できたのは彼のおかげだった。だが、大学に入学後、遊んで留年ばかりしているがな。そんな彼が、金髪の美女を連れてやって来たのだから、俺は自分の目を疑った。

「彼女はロシアからの留学生で、アナスタシア・ジンスキーさんで・・困っておられるのでお連れしたのです」

正行は、年齢、役職等関係なく誰にでも丁寧な言葉遣いをした。

「で、彼女との関係は?もう、やったのか?」

「やったとは、なにをです?」

「それは男と女だからさ。することはひとつだろうが。まあ、マサのことだから、キスぐらいは・・・まだか」

「それは・・・」

俺の問いかけに、正行とアナスタシアは、お互いに顔を見合わせて、顔を赤らめた。マジかよ。この二人まさか?このさえない男が・・・俺は意外な男女の組み合わせに驚かされた。俺はさえないいじめられっ子だった正行にこれほどの美女の知り合いがいることが許せなくなった。そして、俺の心の中にある思いが腐ってどろどろの沼のそこから沸きあがるあぶくのように浮き上がってきた。

「実は彼女は・・・」

「引き受けてやるよ」

「へ?」

「マサの依頼を引き受けてやるって言っているんだよ」

正行は、突然俺が依頼を引き受けてくれたことに戸惑ったような顔をした。それはそうだろう。了解をしてくれないだろうと覚悟していたのに、何も聞かずに引き受けてくれたのだから。でも、それが俺の思惑だった。彼女に正行よりも頼りがいのある好男子という印象を与えることが俺の第一ポイントだからだ。案の定、彼女は慕うような目で俺を見つめていた。まずは、大成功だ。

「で、なにをすればいいんだ」

「は、はい。それは彼女の代役をしてほしいのです」

「代役?そんなもの俺が出来るわけがないだろうが!」

それはそうだ。女装なんてする気もないが、長身で筋肉質の俺が女装したら、いくら大柄の白人女性に化けたとしても一発で別人と見破られてしまうだろう。それに顔も違いすぎた。

「なに考えているんだ。俺が彼女の代役なんて。誰が見ても無理だとはすぐにわかるだろうが!」

俺は思わず正行を怒鳴りつけた。正行は、頭を下げ萎縮してしまった。それを見ていたアナスタシアは、正行の腕にしがみついて狼におびえる子羊のような目をして俺を見つめた。しまった!と、俺は思わず思った。せっかく稼いだポイントがパァになってしまう。でも、いくらなんでも俺がこの華奢な彼女の代役なんて無理だった。

「実は方法はあるのです」

「なに〜〜?」

正行が恐る恐る言った言葉を俺は思わず聞き返した。

「それはこれです」

そういうと正行は懐から二本のペットボトルを取り出した。

「これはブルーベリーヨーグルトのゼリージュースなのですが。この中にアナスタシアのDNAを溶かして飲むと、誰でもアナスタシアと同じ姿に成れるのです」

「そんな便利なものがあるわけないじゃないか」

「あります。俊之君、髪の毛を一本もらえますか」

「髪の毛か?ん、待っていろよ」

俺は髪を書き上げて、抜け毛を取ろうとしてやめた。そして、引きっぱなしの万年床の上にあった長い髪の毛を正行に渡した。正行の言うことは信じられなかったが、もしかしてということもある。そのときむさい自分の姿なんて見たくない。そこで、俺はこの間知り合って部屋に連れ込んだ女子高生の髪の毛を渡した。

正行は、俺から髪の毛を受け取るとペットボトル蓋を開けその中に入れた。小さな泡と音が立ち、その髪も毛は溶けた。それを見届けると、正行はまた蓋をしてペットボトルをシェイクした。白い薄紫の中身がシェイクされた。よくシェイクすると蓋を開けて、正行はそれを飲もうとした。その正行の行動をアナスタシアは何か叫んで止めた。だが、正行は優しくそれを押しとどめると一気にそのゼリージュースを飲み干した。

「おいしい!」

正行は満足そうな顔をして言った。それを見ていると俺は無償に腹が立ってきた。何でこんな奴が・・・と思って正行を睨み付けていると、正行の輪郭がぼやけてきたような気がした。膨れてきたというか、丸まってきたような気がしたのだ。だがそれは気のせいではなかった。正行の顔色は肌色から、紫がかってきてやがて顔の凹凸が滑らかになるにつれて、その顔色は白っぽい紫色に変わっていった。その変化は顔だけではなくて身体中に広がっていた。髪や指もくっついて、ひとつの固まりになっていった。人からまったく別のものに変わっていく奴の姿の不気味さに俺は言葉を失った。恐ろしさに目を開き、わなわなと小刻みに震えながら俺は立ちすくんだまま奴の変化を見つめているだけだった。白っぽい紫色ののっぺりとした人形に変わったかと思うと今度は、さっきとは逆の変化をし始めた。

顔の輪郭は小さくなり、寸胴になっていた首に括れが出来、細く綺麗な首筋に変わっていった。徐々に形作られて行くその姿はさっきまでの正行の輪郭ではなかった。細く丸みを帯びたその輪郭は、女性のもののように思えた。その変化は止まることもなく続き、輪郭がはっきりして行くとともに、白っぽい紫色だった肌色も、普通の肌色へと変わっていった。だんだんと正行はペットボトルに入れた髪の持ち主の女子高生の姿へと変わっていった。俺は目の前のことが信じられないながらも、目を離すことが出来なかった。そして、さっきまで正行が着ていた服を着たあの女子高生が目の前に座っていた。俺はあまりのことに声を出すことが出来なかった。女子高生が、不思議そうに自分の両手を見て、胸を触ると、何かを確かめるかのように俺が食卓や、机に使っている折り畳みテーブルの上に無造作においていた手鏡を手に取ると自分の顔を写してみた。鏡の中の顔を見て、一瞬驚いたようだったが、納得した表情になった。そして、鏡をテーブルに戻すと、俺のほうを見た。

「どうです。納得していただけました?」

その顔も声もあの女子高生そのものだった。綺麗だったがアーパー女子高生。間違いなくあの子そのものだった。だが、いまのあの子の顔は知的な雰囲気があった。

「お前正行か?」

「ハイ、今は女の子ですが、正行です」

その口調は間違いなく正行だった。すると、正行はあの女子高生になってしまったのか。

「するとあそこも女に?」

「はい、でも完全に女性というわけではなくて、子宮とかはないので子供は作れませんが、外見は女性です」

「ほぉ〜〜」

俺は感心して、女子高生になった正行を見た。ふと姿の変わった正行を見ていて、俺はむらむらとしてきた。こいつとならいくらやっても子供が生まれる心配はないのだ。それにこいつが持っていたあれさえあればどんな女ともすることが出来る。そういう思いが俺の中に生まれた。だが、その俺の考えを見抜いたのか。アナスタシアが、女子高生になった正行の腕をしっかりとつかんで俺を睨み付けた。

「なんだよ。大丈夫変なことはしないよ」

アナスタシアの顔を見ているとそんな気がうせた。いくら綺麗な女になったとしても元は正行なのだ。それに気づくと俺のむらむらは萎えた。

「じゃあ、そのゼリージュースに彼女の髪の毛を溶かして飲むと俺は彼女に変わるわけか」

「はい」

「まさか一生彼女のままというわけじゃないだろうな」

「いえ、一ヶ月だけ彼女の姿でいれますが、一ヶ月を過ぎると元に戻ります」

「本当か?」

「ハイ、本当です」

真剣な目で正行が答えるので俺は信用することにした。正行はアナスタシアの髪の毛をゼリージュースに溶かしてよくシェイクすると俺に差し出した。俺はそれを受け取ると一気に飲んだ。するとなんだか眠くなり俺はそのまま眠ってしまった・・・

目覚めると俺の身体はアナスタシアに変わっていた。

「ひえ〜けっこう女の胸って重いもんだなぁ。肩が凝るっていうのもわかる気がするぜ」

俺はのんきにアナスタシアの巨乳を持ち上げたりして遊びながらつぶやいた。胸をおもちゃにしていたのをふと止めると、俺は手をズボンのバンドに伸ばした。

「これから一ヶ月間は俺の身体なんだからきちんとチェックしないといけないよな」

俺はバンドを緩めて、ズボンごとパンツも一気に下げると身をまげて、今の自分の股間を見た。

「へえ、あそこの毛もおんなじなんだ。どれどれ、感触は・・う、うあん、な、なんだ!?これは・・・こんな感触なんだ」

初めての(当たり前だが)女の感触に俺は驚いた。これじゃあ、女のほうが得だと思った。それから、まるでオナニーを覚えた猿のように俺はあそこを触り続けた。

何度もいった。あそこと胸を触り続けていたので、気持ちよさに痛さが混じりだした頃、俺はテーブルの上に俺が飲み残したゼリージュースのボトルで押さえた一通の封筒に気がついた。それは正行からの手紙だろう。だが、それを読んだらあいつの頼みを聞かなくてはいけなくなってしまう。俺はその封筒を手に取るとそのままクシャクシャにするとゴミ箱に放り投げ、ボトルの中身は排水溝に流した。もう必要はないからだ。そして、俺はまた、アナスタシアの身体の探求をはじめた。

数日後、俺は風俗のバイトを始めた。金髪でこれほどの美人の上に日本語も出来るし、本番OK。四拍子そろった俺は超売れっ子になり、金も笑いが止まらなかった。その上、女の身体の探求も出来るのだから一石二鳥というものだ。俺はこの身体を思う存分に楽しんだ。そして、一ヶ月はあっという間に過ぎていった。

最近俺の周りに変な影がうろつく様になった。どうせ俺のファンか何かがストーカーしているのだろうが、それも今日までだ。明日に成れば俺は男に戻れる。少し惜しい気はするが、期限が決まっているから思いっきり楽しむことができるのだから仕方がない。俺はワンルームマンションの部屋に入ると、着ていた赤いチャイナ服を脱いで壁にかけると、身に着けていたブラとパンティを脱いだ。

「これともオサラバか」

ふと自分の胸を触った。最近では自分で触ることもなかったので、俺は優しくいとおしく胸を触った。妙に感じだし、身体が熱くなってきた。

「うう、最後だと思うとなんだか惜しいきがするなぁ。そうだ。ちょっと倒錯的に・・・」

俺は、ここ一ヶ月身に着けることのなかった男物のシャツとトランクスをはいた。女の身体で男物を身に着けると妙にエロチックで、さらに身体が熱く燃え出した。俺は最後の女体探求を始めた。それは、最初のときの数倍、いやそれ以上だった。あのバイトでさらに性感帯が開発され、最初のとき以上に感じるようになったのだろう。俺は万年床の上でいつまでも悶えた。

 

「何でもとに戻らないんだよ。あいつ嘘を言ったのか?」

俺は元に戻っていない自分の身体を触りながら、正行を恨んだ。

「どうすんだよ」

と、ふとあの時正行が残していった手紙がまだあったのを思い出した。ゴミ箱に投げ捨てたが、朝起きるのが苦手な俺は、ゴミを出すことが出来ずにそのままになっていたのだ。俺はゴミ箱をあさり、いっしょに放り込んでいたカップ麺などの残り汁などで汚れたくしゃくしゃの封筒を見つけた。そしてそれを伸ばすと中の手紙を取り出した。

「なになに、前略?そんなのはどうでもいいんだよ。元に戻る方法は・・・な、なに!!」

正行からの手紙には重大なことが書かれていた。彼といっしょにいたアナスタシアは、ロシアの元貴族の令嬢で正行が時々教えに言っていた大学に留学していたのだ。そこで正行と出会い、愛し合う(ここが信じられないのだが)ようになった。だが、彼女は、日本で知り合った友達の保証人になって、多額の借金を背負うことになったのだ。彼女の家庭では子供の自立心を養うために金銭問題はすべて子供自身で解決しなければならなかった。だから、親は当てにならなかった。思わぬ借金を背負うことになった彼女。そんな彼女が急に姿をくらましては、借金取りにバレて、どこまでも付けねらわれてしまう。そこで、俺に彼女のみがわりを頼み、その間に彼女を安全なところに逃がそうというのだ。そして、肝心の戻る方法だが、それはもう一度あのゼリージュースを飲むこと。そうすれば、俺の体内のアナスタシアのDNAが消去され、眠っていた俺のDNAが元に戻るというのだ。だが、俺はそのゼリージュースを捨ててしまった。あわてて排水溝を覗き込んだが、一ヶ月前のものは残っているはずもなかった。ゼリージュースのボトルも見たが、ゼリージュースの膜が干からびて薄くついているだけだった。俺はもう元に戻れなくなってしまった。正行の家に電話してみたが、電話は解約されていた。俺はこのままアナスタシアとして生きていかなければならないのだ。どうすればいいのだ。多額の借金を背負ったロシア娘にされた俺に残された道は・・・

そのとき、俺のワンルームマンションのドアを激しくたたく者がいた。

「そこにいるのはわかってんだぞ。外人だからって借金を踏み倒していいことにはなってないんじゃ。さっさと出てきやがれ!」

それは、アナスタシアの行方を追っていた借金取りのようだった。この部屋は四階。窓から逃げ出すことも出来ない。かといって、ドアを開け事情を話しても信じてはくれないだろう。俺は窮地に立たされてしまった。

どうする?どうするよ。俺!

ふと俺は、右手にあるはずもない三枚のカードが見えた。そのカードには・・・・